時音がもうダメだと諦めかけたその時。

「先輩方。僕の彼女をドコに連れて行くおつもりですか?」

 目の前に現れたのは、優等生バージョンの久我。
「久我!」
「久我君!」
「時音は部活だろ?早く行かなきゃ。……という訳で先輩方。お話は僕が代わりにお聞きしますよ?」
 にこやかだが、逆らえない、何か見えない圧力を感じる。

 ……アナタ本性出かかってませんか?

「た、大した事じゃないわよ?ごめんなさいね、無理に引き止めてしまって。じゃあ私達はこれで……」
 早口にそう言って、先輩達は去って行ってしまった。

 後に残された時音は、取り敢えず久我にお礼を言う。
「……ありがと」
 半分以上アンタが原因だけど。
「時音もあれぐらいかわせよ」
 溜息と共に帰ってきた言葉に、時音は内心「コイツは……」とか思う。
「無理。てか断ったし」
「んじゃ俺呼べ。番号とメアド教えるから。但し、シークレットに入れて誰にも教えるなよ」
 わざわざそんな事を言う久我に、時音は眉を寄せる。
「何で」
「そりゃあ俺のメアドとか手に入れたいと思う奴は大量にいるし?」
「……」
 推定ではなく断定で言われた事に、この自惚れ屋!と言ってやりたい所だったが、先程の事を考えると、人の携帯を盗み見て……という事はやりかねない。
「でもさ、別にこんな事しなくても、アンタが私に付き纏わなければ」
「却下」
 言葉の途中であっさりとそう言われて、時音は口元を引きつらせる。

 ……この男はっ!

「でもねー。教科書隠されたりとか、剃刀レターとか、私嫌なんだけど」
 だが久我は、“平気”とだけ言って、ニヤリと不敵な笑みを見せた。

 どうやってだ、オイ。

 そうは思ったが、それ以上は聞けなかった。


「で、何でアンタがここにいる」
 時音が部活を終えて帰ろうとすると、部室の前に久我がいた。
 確か久我は部活をやっていない筈なのに。
「ん。大切な彼女を一人で帰す訳には行かないだろ?あんな事があったばかりなのに」
 その言葉だけなら、物凄く彼女想いの素敵な彼氏、という事になるんだろうが。
 久我自身が、彼の言う“あんな事”の根本的な原因になっているだけに、時音は全くそうは思えない。

 あぁもう。
 誰かコイツをどうにかして……。


 結局一緒に帰る事になって……というより、久我が勝手に付いて来て。
 時音は始終話しかけてくる久我を無視していたのだが。
「じゃあ時音、また明日」
 家の前に着くと久我はそう言って。
「……な……っ!?」
 素早く掠め取るように触れるだけのキスをすると、そのまま帰って行った。

 あまりにも突然の事だった為、時音はどうする事も出来ず、暫くその場に呆然としていた。


 キスされた事で頭の中がぐちゃぐちゃになって、結局あまり寝れなくて。
 次の日の朝、寝不足のまま家を出た時音は、そこにいるハズのない人物の姿を見つけてギョッとした。
「おはよう、時音」
「んな……っ!?何で……」
 取り敢えず学校に行って久我に会ったら、キスした事に対して一発殴ってやろう、とか思っていたので、彼の急な出現に、時音はパニックになる。
 その隙にまたもキスされて。
「っ!」
「さ、早く行かないと遅刻するぞ」
「〜〜っバカーーーっ!」
 結局それしか言えなかった。


 それからというもの、朝と帰り、久我は必ずいて。
 校内でも殆どずっと一緒だったから、自然と?嫌がらせは起きなかった。

 但し。
 少しだけ久我を怯えるような視線があった気がするのは、気のせいだろうか?