「図星?」
 そう聞かれて、寿子は少なからず動揺しながら答える。
「そ……そんな事、ない……」
「嘘だね。すっげー挙動不審。それにちゃんと会ってるなら、彼の部屋に行く事の方が多いから、とか、普通に出てくるはずだけど?」
 だがすぐにそう言われて指摘され、寿子は言葉に詰まる。

 ううっ。見抜かれてる……。

「ねぇ、寿子センセ。そんな奴やめて、俺にしときなよ。俺ならいつでも逢える。寂しい時も傍にいてやれる。だから……俺を選んで」
「私、は……」
 真剣な表情でそう言われ、寿子はドキッとした。

 正直、揺れていた。
 彼氏の事は勿論好きだ。
 でも最近、逢えない寂しさはある。
 それにメールも電話も、回数が減った。
 このままの関係を続けていって、私は本当に幸せなのだろうか?

 それならばいっそ。
 目の前にいる彼と――。

 そこまで考えて、寿子は頭を振る。

 何を考えているのだろう、私は。
 彼はまだ高校生で、自分の生徒だ。
 そんな事、あってはならない。
 状況に流されてはいけないのだ。
 分別のある、大人として。
 自分の幸せ以前に、教師という立場を自覚しなくてはならない。

 寿子は気持ちを切り替えると、達哉に冷たく言う。
「……そろそろ帰ってくれる?言っておくけど、私は彼氏の事が好きだし、貴方は私の生徒。乗り換えるなんて有り得ないわ」
「……じゃあ、俺が生徒じゃなきゃいいの?」
 思ってもみなかった達哉の言葉に、寿子は慌てる。

 まるで、その為なら学校を辞めてもいいと言っているみたいだ。
 そうしてそれは同時に、自分の中の揺れを見透かされたように感じた。

 寿子が段々、達哉に惹かれ始めているという事に。
 寿子の想いを立ち止まらせているのは、彼氏の存在などではなく。
 教師と生徒という、お互いの立場だという事に。

「お願い、帰って……」

 これ以上一緒にいてはいけない。
 でなければ、自分がどうなるか分からない。

 漠然とそう思いながら、寿子は達哉の顔を見ずにそう言って俯いた。
「……今日は帰るよ。じゃあまた明日、学校で」
「……」
 何も答えず、ただ俯く寿子に、達哉は黙って部屋を出て行く。
 そうして玄関のドアが閉まる音がして、やっと顔を上げた寿子の頬には、一筋の後があった。


 寿子は前以上に、達哉を視界に入れないようにしていた。
 それというのも、達哉からの視線を痛い程感じていたから。
 目が合えばきっと、道を踏み誤ってしまう。そんな予感があったから。

 不幸中の幸いと言ってはなんだが、達哉が寿子の家に現れたのはあの日だけだった。
 寿子は家に帰ると、周囲に達哉がいない事を確認してから家に入り、そうしてようやく安堵の息を吐く。

 だがもしかしたらそこには、達哉がいない事に対する落胆の溜息も、多少混じっていたかもしれない。


 どうして私は“教師”なんだろう。
 どうして彼は“生徒”なんだろう。
 人を好きになるのに、立場なんて関係ないのに。
 教師とか生徒とか、そんな事を言う前に、自分は一人の人間なのに。
 自分の気持ちなんて、それこそ自分でどうこうできるものじゃないのに。