「寿子センセ……部屋にいたの?」
「小……岩井、君……」
目の前にいたのは。
今一番会いたくない人物。
寿子は咄嗟にドアを閉めようとするが、強い力に阻まれてそれが出来ない。
「やっ……やだ、帰って!」
「ちょ、待てって寿子センセ!急に何!?」
「何でここに来るの!?もう私に関わらないで、からかうのはやめてよ!」
「はぁ!?からかうって何だよ。ちゃんと話聞かせろって!」
寿子は両手でドアを閉めようとしているし、達哉は片手でドアを押さえ、もう片方の手で壁を掴んで、閉められないようにしている。
そうしてお互いに一歩も引かない。
「私、見たんだから!彼女いるクセに、大人をからかわないで!」
「彼女なんていねーよ!何でそんな事言うんだ?」
「公園の入り口で抱き合ってたじゃない!」
「……公園?あれ、見てたの?」
「そうよ!……何がおかしいの!?」
少しだけ達哉の力が緩まったかと思うと、彼は必死に笑いを堪えていて。
「だってあれ……マジで?もしかしてヤキモチ妬いてくれたの?」
ニヤニヤとした表情の達哉に、寿子は怪訝そうな顔をする。
「な……何?」
「折角冬休みなんだしさー。寿子センセに逢えないのは寂しいじゃん。だから入り浸ろうかと思って」
無邪気な笑顔でそう言われ、寿子は一瞬ドキッとする。
「んで、丁度あの公園の傍を通りかかったら悲鳴が聞こえてきてさー。女の子が変質者に襲われそうになってたワケよ。だから追っ払って助けたんだけど。その女の子、よっぽど怖かったのか、俺にしがみ付いてきちゃって」
その説明に、寿子は拍子抜けする。
「……彼女じゃ……なかったの……?」
「俺は寿子センセ一筋だよ」
嬉しかった。
彼女じゃなかったんだ。
「でもさ、あれ見てたって事は、あんな遅い時間に一人であそこを歩いてたって事?女性の夜道の一人歩きは危険なんだからダメだろ。……しかも今からドコに行く気だったんだよ」
じと目で憮然とそう言われ、寿子はマズイかなぁと思いつつも口にする。
「え……近所のコンビニ」
すると予想通り、反対された。
「ダメ。絶対行かせない。どうしてもってんなら、俺、付いて行くから」
達哉の主張に少し困惑しながら、寿子は重大な事に気付く。
「……ちょっと待って。そういえば貴方、いつからここにいるの?」
季節は冬。
寒さの為か、達哉の鼻や頬は赤くなっている。
「えっと……怯えてた女の子を送って、ソッコーで来たから……約三時間?」
それを聞いて寿子は眩暈を覚える。
「バカじゃないの!?こんな寒空の下に三時間ですって!?風邪引くだけじゃ済まないわよ!……取り敢えずコンビニは後。すぐに部屋暖めるから、その間にシャワー浴びて体を温めなさい!」
「……はーい」
達哉を風呂場に押しやって、寿子は溜息を吐く。
信じられない。一体どういう神経をしているのだろう。
いないと思った時点で帰るでしょう、普通。
もしかしたら実家に帰省した可能性もあるんだし。
何より、気が向いてコンビニに行こうと思わなかったら、朝までいたという可能性もある。
この時期にそんな事をしたら、ほぼ間違いなく凍死だ。
「……やだ……そんなの……」
もし、の想像に、寿子は身震いした。