もういい。

 もう知らない。

 自分は木暮凍護という人物に思い違いをしていた。
 最初から自分とは合わない人。
 ただ、それだけの話。
「……バカ……!」

 桃花は無我夢中に走った。
 どこをどう走ってきたのか分からない。
 ただ、気が付くと公園にいた。
「……うぇ……ひ…っぐ……凍護君の、バカ……」

 ベンチに座って暫く泣いていると、フッと目の前に影が出来た。
「ねー彼女、何泣いてんのー?」
「彼とケンカでもした?」
 いかにも軽そうな二人組みの男。
 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていて、桃花は嫌な気分になる。
「そんな酷い彼の事なんか忘れてさー。俺らと遊ばねぇ?」
「そうそう。ヤな事忘れさせたげるからさ」
「……いいです。放って置いて下さい」
 桃花はこんな男達に軽々と付いて行く程、軽くもバカでもない。
 しかしその二人はしつこく誘ってくる。
 逃げ出せないように、二人にベンチの周りを囲われ、腕を乱暴に掴まれた。

 前にもこういう経験がある。
 その時は、助けて貰った。
 だけど、今回は……。

(も、やだ……助けて、凍護君……!)

 心の中で凍護に助けを求め、桃花がギュッと目を瞑ったその時。

「どけ」

 聞こえたのは、いる筈のない人の声。
 だが、目を開けた先にいたのは。
「凍護君!」
 凍護に間違いなかった。
「あぁ?何だテメェ。邪魔すんじゃねーよ」
「お、おい……こいつ月羽矢の木暮じゃねぇ?マジヤバイって」
「うっそ、マジ?」
 相手が凍護だと分かると、二人は顔を見合わせ、脱兎の如く逃げ去った。

 逃げる二人を見送って、凍護はじっと桃花を見据える。
「な、なによぉ」
 睨むような目付きに少したじろぎながらも、桃花は強い語調で反発する。

 だって凍護君が悪いんだもん。