第十章〜失われし運命〜



 リアス城は朝から大忙しだった。
 今日はロザリオ姫の婚礼の儀式が執り行われる日。
 真っ白な花嫁衣装に身を包み、髪を結い上げたクロスは、ロザリオ姫として見違える程綺麗だった。
「姫様、とてもお綺麗でございますよ」
 しかし、そう言う侍女の言葉は本心から言っているのか分からない。
 何と言っても、自分は異形なのだから。
「……少し、一人にしてもらえますか」
 人払いをしてクロスは鏡に映る自分の姿を見る。
 動かずに無表情でいれば、まるで人形の様で。
 そんな自分に、自嘲気味に顔を歪ませる。
「ロッドが見たら……何て言うかな……」
 ロッドならきっと満面の笑顔で綺麗だ、とか言うんだろうか?

 ――本当は、ロッドの為に着たかった。

 不意にそう思って自然に涙が溢れる。
「……っ!」
 自分はロッドを庇って今、ここにいる。これは自らが選んだ事だ。
 だが、後悔していないと言えば嘘になる。
 クロスは両手で顔を覆って俯く。
「ロッド……逢いたいよ……っ!」
 その呟きは、虚空に消えた。


 ロザリオ姫とフィンネルの王子、アントスとの婚礼の儀式はつつがなく進行する。そうしてもう誓いの言葉だ。
「汝、アントス=ディア=フィンネルは、ロザリオ=ルチルス=リアスを妻とし、終生変わらぬ愛を誓いますか?」
「はい、誓います」
「よろしい。では、汝、ロザリオ=ルチルス=リアスは、アントス=ディア=フィンネルを夫とし、終生変わらぬ愛を誓いますか?」
 これが終われば、クロスはもう本当に逃げられなくなる。

 こんなの。
 嫌だ。

「……終生変わらぬ愛を誓いますか?」
 教会の牧師が、怪訝そうに眉をひそめ返事を促す。
「……私は……」
 クロスが返事をしようとしたまさにその時、天井から何かが落ちて来て、クロスの立っている位置の後ろ辺りで突然煙を出し始めた。
「爆弾だーっ!」
 誰かが、そう叫んだ。
 それを皮切りに、人々は煙で視界の悪い中、出口へと向かって走り出した。
 教会の中は一斉に混乱の渦に飲み込まれる。
「一体、何が起こって……?」
 クロスは煙を吸わぬよう、片手で口元を覆いながら手探りで出口に向かう。
 しかし、途中で誰かに腕を掴まれる。
「姫はこちらからお逃げ下さい。あちらですと人目に付きます」
 言われるがままに手を引かれ、別の出口から出る。するとそのまま走り、教会からはどんどん離されて行く。
「……?」
 どうも様子がおかしい。先程は煙で気付かなかったが、この者は兵士の格好をしていないのだ。
 不審に思ったクロスは、引かれた手を振りほどき立ち止まる。
「私を何処へ連れて行こうというのです。……何者ですか」
 クロスの静かな問いに、その者は慌てる様子もなく答える。
「何処へ、ですって?……もちろん安全な場所へ、ですよ。お姫様」
 そうしてゆっくりと振り返ったのは。
「……ロッ…ド……」
 それは紛れもない、一番逢いたかったヒト。

 信じられない。これは夢なのだろうか?
 夢ならどうか、醒めないで。

「……クロス、すごく綺麗だ」
 優しく、慈しむような眼差しでそう言われ、クロスの頬を一筋の涙が伝う。
 クロスの中で、何かが弾けた。
「ロッド!……逢いたかった……ロッド……」
 ほとんど衝動的にロッドの胸に飛び込んで。
 ロッドはそんなクロスを強く、優しく抱き締めた。
「ロッド……ロッドぉ……」
 嬉しくて、甘えるように頬を擦り寄せ、何度もその名を呼ぶ。
 優しくあやすようにクロスの背を撫でていたロッドは、ある事に気が付く。
「クロス……この髪留め」
 それはロッドが以前プレゼントした、薄桃色の髪留め。
「ずっと、大切にしてくれてたのか?」
「……ロッドが、傍にいてくれてる気がしたから……」
 はにかむように言うクロスを、ロッドはきつく抱き締める。
「……ロッド……苦しいよ……」
「ん……ごめん、もう少しだけ……」
 暫くしてロッドは抱き締める腕の力を抜く。
 二人は見つめ合い、互いに引き寄せられるように、自然に顔が近付いた。