リアス城は朝から大忙しだった。
今日はロザリオ姫の婚礼の儀式が執り行われる日。
真っ白な花嫁衣装に身を包み、髪を結い上げたクロスは、ロザリオ姫として見違える程綺麗だった。
「姫様、とてもお綺麗でございますよ」
しかし、そう言う侍女の言葉は本心から言っているのか分からない。
何と言っても、自分は異形なのだから。
「……少し、一人にしてもらえますか」
人払いをしてクロスは鏡に映る自分の姿を見る。
動かずに無表情でいれば、まるで人形の様で。
そんな自分に、自嘲気味に顔を歪ませる。
「ロッドが見たら……何て言うかな……」
ロッドならきっと満面の笑顔で綺麗だ、とか言うんだろうか?
――本当は、ロッドの為に着たかった。
不意にそう思って自然に涙が溢れる。
「……っ!」
自分はロッドを庇って今、ここにいる。これは自らが選んだ事だ。
だが、後悔していないと言えば嘘になる。
クロスは両手で顔を覆って俯く。
「ロッド……逢いたいよ……っ!」
その呟きは、虚空に消えた。
ロザリオ姫とフィンネルの王子、アントスとの婚礼の儀式はつつがなく進行する。そうしてもう誓いの言葉だ。
「汝、アントス=ディア=フィンネルは、ロザリオ=ルチルス=リアスを妻とし、終生変わらぬ愛を誓いますか?」
「はい、誓います」
「よろしい。では、汝、ロザリオ=ルチルス=リアスは、アントス=ディア=フィンネルを夫とし、終生変わらぬ愛を誓いますか?」
これが終われば、クロスはもう本当に逃げられなくなる。
こんなの。
嫌だ。
「……終生変わらぬ愛を誓いますか?」
教会の牧師が、怪訝そうに眉をひそめ返事を促す。
「……私は……」
クロスが返事をしようとしたまさにその時、天井から何かが落ちて来て、クロスの立っている位置の後ろ辺りで突然煙を出し始めた。
「爆弾だーっ!」
誰かが、そう叫んだ。
それを皮切りに、人々は煙で視界の悪い中、出口へと向かって走り出した。
教会の中は一斉に混乱の渦に飲み込まれる。
「一体、何が起こって……?」
クロスは煙を吸わぬよう、片手で口元を覆いながら手探りで出口に向かう。
しかし、途中で誰かに腕を掴まれる。
「姫はこちらからお逃げ下さい。あちらですと人目に付きます」
言われるがままに手を引かれ、別の出口から出る。するとそのまま走り、教会からはどんどん離されて行く。
「……?」
どうも様子がおかしい。先程は煙で気付かなかったが、この者は兵士の格好をしていないのだ。
不審に思ったクロスは、引かれた手を振りほどき立ち止まる。
「私を何処へ連れて行こうというのです。……何者ですか」
クロスの静かな問いに、その者は慌てる様子もなく答える。
「何処へ、ですって?……もちろん安全な場所へ、ですよ。お姫様」
そうしてゆっくりと振り返ったのは。
「……ロッ…ド……」
それは紛れもない、一番逢いたかったヒト。
信じられない。これは夢なのだろうか?
夢ならどうか、醒めないで。
「……クロス、すごく綺麗だ」
優しく、慈しむような眼差しでそう言われ、クロスの頬を一筋の涙が伝う。
クロスの中で、何かが弾けた。
「ロッド!……逢いたかった……ロッド……」
ほとんど衝動的にロッドの胸に飛び込んで。
ロッドはそんなクロスを強く、優しく抱き締めた。
「ロッド……ロッドぉ……」
嬉しくて、甘えるように頬を擦り寄せ、何度もその名を呼ぶ。
優しくあやすようにクロスの背を撫でていたロッドは、ある事に気が付く。
「クロス……この髪留め」
それはロッドが以前プレゼントした、薄桃色の髪留め。
「ずっと、大切にしてくれてたのか?」
「……ロッドが、傍にいてくれてる気がしたから……」
はにかむように言うクロスを、ロッドはきつく抱き締める。
「……ロッド……苦しいよ……」
「ん……ごめん、もう少しだけ……」
暫くしてロッドは抱き締める腕の力を抜く。
二人は見つめ合い、互いに引き寄せられるように、自然に顔が近付いた。