クロスの気持ちに微かな変化が表れ始めた頃。
 ジェノスの街。
 この街に入ってからクロスはずっと機嫌が悪い。
 ここジェノスは別名花街。世界最大と言われる歓楽街の都なのだ。
 当然街には露出度の高い、色っぽい女性が多く、ロッドは先程からそういった格好の女性達から声を掛けられまくって、鼻の下を伸ばしきっている。
 クロスにはそれが面白くなかった。
 胸の奥が何だかチリチリする。
 ――苦しい。
 これ以上ロッドを見ていたくなくて、顔も見ずに言う。
「……先に宿を取ってくる」
「え?」
 クロスはその場から逃げるように、足早に宿へと向かう。

「一人部屋は空いているか?」
 いつもは宿代節約の為二人部屋だ。だが一緒の部屋に泊まる気になれない。
 ただ睡眠を取るだけなのに。
 傍にいたいのに、今は一緒にいたくない。
 しかし一人部屋は満室だった。仕方なく二人部屋を二つにする。
「では、連れが後から……」
「待ったーっ!一部屋でいいっ!二人部屋一つ!」
 宿に駆け込んで来るなりそう叫んだのはロッドだ。
「なっ、ロッド!?」
「これ部屋の鍵?じゃあ早く部屋行こーなークロス!」
「おいロッド、ちょっと待て私は……!」
 ロッドはクロスを強引に部屋に連れて行くと、怒った口調で問い詰める。
「一体どういうつもりだ?急に行くから追い掛けて来てみれば、別々に部屋を取ろうとするなんて!」
 クロスはロッドから視線を外して言う。
「別に?ただ私は、お前が花街で女性を買って宿に連れ込むと思ったんでな」
 嘘だ。本当はそんな事思ってない。何故こんな事を言ってしまうのだろう?
 自分が分からなくなって、何だか無性に泣きたい気持ちになる。今ロッドの顔を見たら、本当に泣いてしまうかもしれない。
「お前……そんな風に俺を見てたのか」
 ロッドは少しムッとする。
「……鼻の下伸ばしてデレデレしていたくせに……」
 ポツリとクロスが呟いた言葉に、ロッドは驚きに目を見開く。
 つまり。
 それって。
 もしかして。
「俺にヤキモチ妬いてくれてたって事……?」
 そうだとしたらかなり嬉しい。期待して返事を待つ。
 が。
「……は?」
 クロスは思い掛けない言葉を言われ、それだけしか言えない。
「……違うの……?」
 ロッドはロッドで、期待していただけにがっかりする。
「……ヤキモチ……?」
 私が。
 ロッドに?
 自分の気持ちが分からず、クロスは考え込む。
 そんなクロスの様子に、ロッドは、んーとか言って後ろ頭を掻く。
 そうして真っ直ぐにクロスを見つめる。
「……俺は女は買わない。情報収集の為に仲良くなる事はあるけど、男女の関係には絶対ならない」
 優しい眼を向け、クロスを抱き締めると耳元で囁く。
「俺にはクロスがいるから。……な、もう少しこのままでいい?」
「……少し、だけだぞ」
 言ってクロスがロッドの胸に頬を寄せると、髪を優しく撫でられる。
 胸がいっぱいになって何だか苦しい。暫くこうしていたい。
 この気持ちを何と言うのだろう。
 クロスにはまだ解らなかった。