二人が枯れ井戸に落ちて横穴を歩いている内に天気が変わったらしい。
 どんよりとした曇り空で、宿に着く頃には降り出してしまった。
「何とか濡れずにすんだな」
 窓の外を見ながらロッドがそう言った。
「……なぁロッド、聞きたい事がある」
 クロスは真剣な眼差しをロッドに向け、問い掛ける。
「最近お前おかしいぞ?今日だって急に道を外れて、何なんだ一体」
 ずっと疑問に思っていた事を口に出す。
「……話しといた方が、いいか」
 ロッドは何事か少し考えてから話し出す。
「最初は気のせいだと思ってたんだ。でも、ピュノスの街以降、何度振り切ってもいるし……」
「おい待て……何の話だ……何を言っている……?」
 少なからずクロスは動揺する。
「俺達を付けてる奴等がいる」
「……っ!」
「向こうの目的が何かまだハッキリしてないから手の打ちようが無いけど……クロスどうした?」
 ふと見ると、クロスの顔は青ざめ、震えているようだった。
「大丈夫か?」
「……な……らだ……?」
「え?」
 クロスの言葉が聞き取れなくてロッドは聞き返す。
「どんな……奴等だ……?」
 掠れた声で呟くクロスに、ロッドは心配しながらも説明をする。
「……何か、赤で縁取りしてある白い腕章をしてた。徽章は遠くてよく見えなかったけど。……クロス、本当に平気か?顔真っ青だぞ」
 だがクロスにはもう、ロッドの心配する声は届いていなかった。
「……もう、ここには、お前とはいられない……」
「え……」
「……もう終わりだ……」
 その瞳に涙を溢れんばかりに浮かべて。
「クロス!?」
 クロスは部屋を飛び出した。

 外は雨。
 心の不安を表すような、灰色の空。


 宿を飛び出したクロスは降りしきる雨の中に一人佇み、ボンヤリと灰色の空を見上げ目を閉じる。
 暗闇にただ雨の音だけが響いていた。
 このまま、消えてしまいたかった。
 ふとロッドの顔が浮かぶ。
 初めて会ったのは確か、誰かの護衛をしていた時。
 それから今日まで一緒に旅をして来た。
 最初はしつこくて迷惑だと思って。
 その内一緒にいるのが段々楽しくなって。
 それが当たり前のように思えた。
 でも。
 もう一緒にはいられない。このままだと確実に迷惑を掛けてしまう。

 ――本当はもっと、ずっと一緒に――。

「ロッド……」
 その時だった。
「クロス!」
 目を開けて声のした方を振り返る。
 そこには自分と同じように雨にずぶ濡れのロッドがいた。
「……やっと見つけた」
 安心したように優しい微笑みを浮かべて近付くロッドにクロスは言う。
「来るな。お前とは一緒にいられない」
 その表情は硬い。
 しかしロッドは構わずクロスに近付き抱き締めた。
「わ、私の事は、もう放って置いてくれ……!」
 だが言葉にも、抵抗する腕にも、力は無かった。
「……放って置けるかよ。こんな……今にも壊れそうな、泣き出しそうな顔のお前を……」
 ロッドは更に強くクロスを抱き締める。
 抵抗は止み、クロスはロッドの腕の中で大人しくなった。
 そして、少し掠れた声で言う。
「お前に……迷惑を掛けたくない。私の事情に、巻き込みたくないんだ……」
「迷惑じゃない」
 そう言ってロッドはクロスの頭をポンポンと叩いてやる。
「もっと関わらせろよ。迷惑だなんて思わないから。むしろ、急に俺の前からいなくなられる方が迷惑だ」
 その言葉に、クロスは今まで溜めていたものを一気に溢れさせた。

 今は。
 今この時だけは。
 雨が全て消してくれる。
 流してくれる。
 クロスはロッドの胸にしがみ付いて泣いた。
 ロッドはクロスの肩を優しく抱いて、空を見上げていた。


 一仕切り泣いた後、雨は止み、澄み渡るように広がる青空に虹が架かった。
「さ、宿に戻ろう。風邪引いたら大変だし」
「……あぁ」
 何か吹っ切れたようにクロスは歩き出した。

 まるで今の青空の様に、晴れ晴れとした顔で。