数日経って、だがクロスは中々話を切り出す事が出来なかった。
ロッドの方も、クロスが話すまで待つつもりだ。
誰に、何で付けられているのか。
話そうとする素振りはあるものの、どうもかなり話しにくい内容らしい。
「クロス、今すぐ話さなくてもちゃんと話せるまで俺は待つから」
「……すまない、ロッド……」
落ち込むクロスを見てロッドは慌てて言う。
「責めてる訳じゃないんだ。その……辛いなら話さなくていいし」
「ロッド……ありがとう。大丈夫だ。……実は、な……」
クロスが話そうとしたその時。
「!?囲まれてる……?」
迂闊だった。何故もっと早く気付けなかったのだろうか。
あらゆる方向から近付く気配。恐らくはクロスを追う者だ。
やがて姿を現した者達は揃いの軍服に身を包んでいた。
そして、腕には見覚えのある腕章。それと、徽章の入った旗を掲げていた。
その旗を見てロッドは驚く。
「おいおい〜っ!マジかよ、ありゃリアス国の王宮騎士団の徽章じゃねぇか!?国王直属の軍隊だぞ。それに追われるなんてクロス、お前一体……」
しかしクロスは冷静に言う。
「よく知っているな……話す手間が省ける」
そうして、まるで審判を待つ者の様に覚悟を決め、眼を閉じた。
「姫、国にお戻り下さい!国王陛下並びに王妃様も、ロザリオ姫のお戻りを心待ちにしておられます!」
一人の兵士が言うのを聞いて、ロッドは耳を疑った。
ひめ。
……姫?
「姫ぇーっ!?」
ロッドの驚きように、クロスは少し不機嫌そうに口を開く。
「……話は後だ。スフォードがいない今なら容易に逃げられる。行くぞ」
スフォードって誰?ってゆーか姫?しかも何、ロザリオって名前なの?
混乱するロッドをよそに、クロスは剣を抜き比較的兵士の数が少ない一点を目掛けて走り出す。
「姫である私に剣を向ける勇気のある者は掛って来い。相手になってやる!」
その言葉に兵士達は一瞬たじろぎ、また、クロスはその隙を逃さなかった。
二、三人の兵に剣の柄で当て身を喰らわし倒す。
「ロッド何してる、急げ!」
「お、おう!」
呆然としていたロッドはその声に反射的に後を追う。
兵士達の間を通り抜け、全速力で逃げれば、遠く後ろの方では慌て蓋めく兵士達の叫び声が聞こえた。
二人は声が聞こえなくなってからようやく立ち止まり、クロスは少しずつ自分の事を話し始めた。
「……私はリアス国第一子、ロザリオ=ルチルス=リアス。先程お前も聞いた通り、リアス国の……姫だ」
但し、ロザリオは隠された姫だった。
ロザリオ姫はその異形の見た目から、幼い頃は人目を遠ざけるように地下牢に入れられていた。
そして、ロザリオが十歳の時。
牢から出されたロザリオを待っていたのは知識、教養、剣術、王族としての礼儀作法、立ち居振る舞い等を叩き込まれる毎日。
それもその筈、リアス国王は子宝に恵まれなかったからだ。
異形でも、王位継承者が他にいなければ仕方が無い、という事だろう。
だが、国王と王妃がロザリオに会う事はなかった。
ロザリオの周囲には限られたごく少数の人間のみで。
その者達も、ロザリオを好んではいなかった。
「……私に男として振る舞うように躾けたのは、王宮騎士団の隊長を務めるスフォードという者だ。私の剣術の師でもある。……異形の、しかも姫が王位継承となると、諸外国に対し示しが付かない。だから公用の場では、男として通す方が良いだろうと言って……」
だが状況は一変する。
王妃が男児を産んだのだ。
かなり高齢の出産だったが母子共に無事で、しかも異形ではない。
そんな折。
何処から嗅ぎ付けたのか、隣国の王子からロザリオに縁談の話が来た。
国王はその話を喜んで受けた。
何せ、国王が予てより国交を結びたいと思っていた隣国――名をフィンネル国と言う――からの申し入れ。しかも疎ましいとさえ思っていた異形の娘を貰ってくれると言うのだから、願ったり叶ったりだ。
「……だが私は嫌だった。フィンネルの王子は珍品コレクターで有名でな。どんな扱いを受けるかわかったもんじゃない。誰がそんな男の所へなど好き好んで行くものか。……私は逃げ出した。幸い、腕は立ったし護衛の仕事で何とかなった。……すまない、私の事情に巻き込んで……」
申し訳なさそうに言うクロスに、ロッドは笑い掛ける。
「大丈夫だって。そういう事なら尚更、俺が守ってやらないとな!」
「ロッド……」
クロスは無性に嬉しくなった。
ロッドは必ず欲しい言葉をくれる。
暖かく、包んでくれる。
絶対に傷つけない。
クロスは思わずロッドに身を寄せ、その胸に顔を埋める。
その時だった。
「姫を、何から守るというのです?」
そう言って現れた男を見て、クロスは愕然とし、青ざめた。
「……スフォード……」
震えながら呟かれた名前をロッドは聞き逃さなかった。