スフォード。
王宮騎士団の隊長でもあり、クロスに剣術を教えた師でもある男。
長身で細身、黒の長髪に、鋭い茶色掛かった黒の瞳。
ロッドは、背中に冷たいモノが流れるのを感じた。
まだ剣を構えた訳でも、まして、抜いた訳でもない。
それなのに、この男は隙がまったく無い。
「クロス、アイツって強い?」
「……あぁ、私は一度も勝った事が無い」
「マジかよ……」
そう言いながらもロッドは剣を抜く。
実際の所、かなり分が悪い。
何せ自分と同じ程強いクロスが、一度も勝った事が無い、と言うのだから。
「ほう、やる気か……ならば」
スフォードは腰を落として前屈みの姿勢を取り、構える。
「あれは……!」
次の瞬間、スフォードは踏み切り、一気にロッドの懐へと入り込む。
(――っ!速い!)
しかしロッドは剣を縦に構え、その一撃を受けた。
「今のを受けるか」
スフォードは感心したように言う。
「初めてクロスに会った時も、同じ技で来られたんでね!」
ロッドはスフォードの剣を押し返すと、後ろに跳んで距離を取った。
スフォードは剣を斜めに構え、怪訝そうに言う。
「クロス……?あぁ姫の偽名か。成程、十字架の首飾り〈ロザリオ〉で十字架〈クロス〉と言う訳か……」
「隙あり!」
一瞬、考え込んだ相手の隙を突き、ロッドは大剣を上段から振り下ろす。
だが、スフォードはいとも簡単にそれを受け止めた。
「……大剣か。威力はあるな。それを振り回せるのも褒めてやろう。だが逆に動きはどうしても大きくなりがちだし、その分スピードも落ちる」
言ってスフォードは剣の刃を滑らせると、ロッドが振り下ろしきる前に懐へと入り込み、一撃を喰わす。
「がっ……!」
堪らずロッドはその場に膝を付いてしまった。
「ロッド!」
駆け寄ろうとするクロスを手で制し、ロッドは立ち上がって剣を構え、スフォードに切り込んで行く。
その度に返り討ちに遭い、倒され、そして立ち上がった。
「クロスは……連れて行かせねぇ……!」
傷付き、倒れながらも、それでもまだ立ち向かう。
「……手加減しているとはいえ、まだ立ち上がるか……惜しいな。普段なら貴様のような者は騎士団に誘うのだが」
「へっ……誰が……!」
「ならば貴様を殺して姫を連れて行くまで。……覚悟!」
立ち上がりはしたものの、もうロッドにはスフォードの一撃を躱す余裕は残っていなかった。
(――殺られるっ!)
思わず眼を閉じ、しかしいつまで経ってもその一撃が当たる気配はしない。
「……?」
怪訝に思い、閉じていた眼を開いたロッドが目にしたもの。
それは、両手を広げて自分を庇うように立っているクロスの後ろ姿だった。
「姫……」
「クロス……?バカ、何やってんだ下がってろ!」
だが、クロスは首を横に振る。
「もういい……もういいの……!」
「何がもういいってんだよ!?俺はまだ戦える。決着だって……!」
「だって!もうボロボロじゃない……こんなに傷ついて……もういいよ……」
クロスはその眼に涙を浮かべながら、ロッドの頬を両手で包み込む。
「よくない!お前、嫌がってたじゃねぇか。俺が守ってやるから……!」
ロッドは尚もスフォードに向かおうとする。
そんなロッドを見て、クロスは胸が苦しくなる。
この人を死なせてはいけない。
そうなったら多分、自分は耐えられない。
あぁ、そうか。
今、ようやく判った。この気持ちは。
私は、このヒトを――。
「……死んで、欲しくないの……私は、貴方が……ロッドが好きだから……!守りたいの……」
「ク…ロス……?今……何て……」
振り返ったロッドの頬に、クロスは口付ける。
「今までありがとう。楽しかった……!」
クロスはロッドに別れを告げ、いつの間にか来ていた迎えの馬車に向かう。
途中、スフォードの横を通る時、クロスは静かに言った。
「スフォード。彼にこれ以上の手出しはなりません。……私は国に戻ります」
「仰せのままに、姫。……命拾いしたな」
スフォードはそう言い残し、クロスの後に続いて馬車に乗り込む。
そうして馬車はロッドをその場に残し、行ってしまった。
「畜生……っ!」
ロッドは拳を握り締め、何度も地面に叩き付ける。
「クロスーーーーーっ!!」
守れなかった。
自分はたった一人の、大切な女の子を――。