「本日より、ロザリオ姫の剣術指南役を務めます、スフォードと申します」
そう言って臣下の礼を取り、ロザリオに恭しく頭を垂れた人物。
スフォードと名乗ったその男は、年の頃は20代後半、体格は長身で細身。黒の長髪は腰の辺りまであり、眼光は鋭く、瞳の色は茶色掛かった黒。
「っ……!」
ロザリオは一瞬、怖い、と思った。
だがスフォードはそれに気付いたのか、少しだけ眼を柔らかくする。
「あ……」
「……剣術指南だけではなく、王族としての礼儀作法も学んで頂く必要がありそうですね」
そう言って軽く息を吐くと、スフォードは踵を返した。
「……」
皆、同じだ。
私を見ようとしない。
異形の、私を。
「まずは剣の腕を見ます。動き易い服装に着替えて中庭へ」
「え……中庭……?」
スフォードの突然の言葉に、ロザリオは戸惑う。
中庭には出た事が無かった。
人目に付くからと、出入りを禁止されていたからだ。
異形である私の存在を知る者は一部のみ。だからだろう。
困惑するロザリオに気付いたスフォードは眉を寄せ、怪訝そうに聞く。
「……中庭はお嫌いですか?」
「あ……出たコト、ないから……その…禁止、されてて……」
「……では、フードを被れば宜しいでしょう。さぁ、中庭へ」
さも当然の事のようにそう言って、スフォードは先に部屋を出てしまう。
「……はい……」
意外だった。
こんなにも簡単な事だったのだ。
見た目が異形なら隠せばいい。
それだけで自分は他人と同じように外に出られる。
ロザリオは少しだけ嬉しくなった。
スフォードの指導は誰よりも厳しかった。
出来るまで何度もやらされたし、どちらかに後の予定さえなければ何時間でも続けさせられた。
他の教育係達は、決められた時間内に出来なかった分は宿題にするのに。
それにスフォードだけは、与えられた課題をこなすと、何か、満足したような優しい笑顔を見せた。
ロザリオにはその笑顔の意味が分からなかった。
――他人の笑顔など……いや、笑顔に限らず、感情の篭った表情を向けられる事自体、今迄には無かった事だ。
(どうして……)
どうしてスフォードだけは、出来るまで何時間でも傍にいるのだろう。
どうしてスフォードだけは、出来ると笑顔になるのだろう。
分からなかった。
……不思議だった。