しかし、降って来たのは思ってもみなかった言葉。
「……もう一度、見せてくれる……?」
 思わず眼を開けると、彼は優しく微笑んでいた。
 その微笑みに、ロザリオは恐る恐るフードを外す。
 赤い眼と、銀の髪が、白日の下に晒される。
「……」
 少年の手がスッと伸び、ロザリオの頬に触れる。
「……っ!」
 ロザリオは一瞬ビクッと体を強張らせ、再びギュッと眼を閉じる。
「大丈夫。何もしないよ」
 優しく言われたその言葉に、ロザリオは恐る恐る眼を開けた。
「……ああ、やっぱり。すごくキレイだ……」
「き…れい……?」
 そんな事を言われたのは、初めてだった。
「うん。凄くキレイな髪と眼だ」

 嬉しかった。

 今迄、誰もそんな風に言ってくれなかっただけに、余計に。
「俺、ロッド。ロッド=ベルゼーム。君は?」
「あ、私は……」
 ロザリオが名乗ろうとしたその時だった。
 丘の下に、スフォードの姿を見つけた。
「ご、めん、なさい……私、もう行かなきゃ……!」
 急に現実に引き戻された気がした。
 何も考えられなくなる。
 それでも、スフォードの元へ行かなければ、と青ざめた顔で思う。
「待って、名前――!」
 後ろでそう聞こえたが、ロザリオにはもう振り返る余裕すらない。

 フードを被り、恐る恐るスフォードの名を呼ぶと、案の定、厳しい眼差しを向けられた。
「探しました。姫」
「……すみません。迷惑を、掛けました……」
 それ以上は何も言わず歩き出すスフォードに従い、ロザリオも歩き出す。
 ロザリオは、一度だけ丘を振り返る。
「……姫」
「……はい」
 だがスフォードに促され、そのままその場を立ち去った。


「……」
 後に残されたロッドは、暫く呆然としていた。

 何だったんだろう、今のは。
 物凄く、動揺した顔をしていた。
 連れの人に、黙って来たのかな。
 ……大丈夫かな、あの子。
 それにしても。
 異形になんて、初めて会った。
 でも。
「……言うほど、恐ろしくなかったな」
 それよりは、むしろ。
 どちらかと言うと、あれは……。
「……名前、聞きそびれちゃったな……」
 そう言ってロッドは苦笑する。
 何だか夢を見ていたみたいだ。
 白昼夢。
「光、みたいな子だったな。……また逢いたいな、あの子に。……逢えるといいな……」
 ロッドの呟きは、そのまま風に流れて消えた。


 城に戻ったロザリオは、当面の中庭での稽古禁止と、今迄以上に厳しい剣術指南、及び王族としての礼儀作法の指導が待っていた。
 だが、苦ではなかった。
 外の世界を、少しでも知る事が出来た。
 自分を受け入れてくれる人もいるのだと知る事が出来た。
 それは自分の中で、大きな支えになる。
 またいつか、行ければいいなと思った。
 そして、出来れば再び、彼に逢えればいいなとも。