「俺のクロスに近付くんじゃねぇ」
クロスとアントスの間に割って入ったロッドがそう言う。
だが、今度はスフォードが反応する。
「……今のは聞き捨てなりませんね。俺の、とはどういった意味で?」
静かに、だがはっきりと分かる怒り。
普通の人ならそこで怯む事だろう。
しかしロッドは敢えて挑発するように言う。
「どういったも何も、言葉通りだけど?」
「貴様……っ」
スフォードが腰の剣に手を掛ける。
すると、ロッドも大剣の柄を握った。
まさに、一触即発の雰囲気。
その空気を破ったのは――アントスだった。
「ロッド。何故お前は姫を別の名で呼ぶんだ?」
首まで傾げて、本当に不思議そうにしているアントスに、ロッドもスフォードも気を削がれた。
アントスの問いに答えたのはクロスだ。
「今は名も立場も捨て、ただのクロス、と名乗っています」
「そうか。では僕もそう呼んだ方がいいか?」
「ええ。出来ればそうして頂けると助かります」
そう言うクロスに頷くと、アントスはスフォードに言う。
「聞いたな、スフォード。僕は彼女の願いを尊重する。お前もそうしろ」
「は。畏まりました」
そうして改めてクロスに向き直り、飛び切りの笑顔で言う。
「という訳でクロス。僕と一緒に国に戻ろう!」
「え」
「な……っ!?」
アントスのその言葉に、クロスとロッドは一瞬固まる。
「ひ……いえ、クロス様。先程のお話をお聞きになっていらっしゃらなかったのですか?探しに来た、と申し上げた筈ですが」
つまり。
「連れ戻す為に決まっているでしょう」
スフォードは、実にあっさりとそう言ってのけた。
「却下!」
ロッドが慌ててそう言う。
「クロスはもうロザリオ姫じゃない!名も立場も捨てたんだ。だから今更連れ帰る、なんて言われて、ハイそうですか、なんて言える訳無いだろ!?」
ロッドにしてみれば、それこそ災難以外の何物でもない。
折角クロスを光の差す所に連れ出せたのに。
「だけどね」
そう言ってアントスは、さも当然の事のように言う。
「僕は紛れもなくクロスに、他の誰でもない彼女に、終生変わらぬ愛を誓っているんだ。勿論妻として。しかも神の御前で」
だがクロスは、あくまでにっこりと微笑みながら反論する。
「お言葉を返すようですが王子。私はあの時誓いの言葉を口にしていません。……結婚とは本人同士合意の上でするもの。王子の誓いは無効です」
さすがにこれにはアントスも口をつぐんだ。
「私はこれからも、今迄通り、ロッドと旅を続けます」