清涼の里は、世界の東の端に位置する四方を海に囲まれた小さな島に存在している。独自の文化を築くこの里は、外界との接触を殆ど持たない。
その為か、争いもなく、平和で穏やかな時間が流れている。
その里に、外界に憧れる一人の少女がいた。
名を夢月神無(ゆめづきかんな)というその少女は、今年で十七になる。
神無はいつも外界に思いを馳せていた。
たまに外から入ってくる珍しい物に惹かれては、その度に自分の目で実際に外の世界を見てみたいという気持ちを募らせていった。
親からは“馬鹿な事を”と言われるが、神無の夢は、いつか外の世界に冒険の旅に出る事だった。
そんなある日。里に外の者がやって来た。
清涼の里の者は皆、黒髪・黒眼。たまにそれに茶が混ざる者がいる程度だ。
だがその者は完全な薄茶の髪に、蜂蜜色の眼をしていた。それに顔の造作が何となく違う。
里の者は皆遠巻きにその人物を見、神無もまた、友人の何人かとヒソヒソと小声で話していた。
「ねぇねぇ、あの人何しに来たのかなぁ」
「えー?観光とか?」
「……あの人きっと魔術師だよ。杖持ってるし。この辺りでしか摘めない薬草でもあるんじゃないかな」
「出た!神無の外界豆知識。本当にアンタ好きだよねぇ」
「でも魔法って凄く不思議な事が色々出来るんでしょ?神無じゃないけど見てみたい!」
そんな風に騒いでいると、その者は広場の中心で立ち止まった。
そうして大きな声で言う。
「私は北東の孤島に住まう大賢者様の使いの者です!人を探しに来ました!」
それを聞いて、神無の心臓がドクンと強く脈打った。鼓動が早くなる。
何だろう、この感じ。
何かが大きく変わるような、そんな予感がする。
「夢月神無という女性は居られますか!?」
その者は、ハッキリとそう言った。
聞き間違い等ではない。
紛れもなく。
自分の名を。
――信じられなかった。
いや、どこかで予感していた。
神無は、逸る気持ちを抑えて、ゆっくりと一歩前に進み出る。
「私が……神無、です」
するとその者はニッコリと微笑んで言う。
「初めまして。貴女を迎えに来ました」
綺麗な顔の男だった。
神無は彼を遠目に見て、華奢な身体つきに女かと思っていた。
声もそんなに低くなく、近くで見ても中性的な顔立ち。
だから男だと判って少しだけ驚いた。
「僕はフォリシス=アルシフォネといいます。お話をさせて頂いても?」
神無は口の中でフォリシスの名前を繰り返す。発音が少し難しいが、言えない名前ではない。
「……ここではなんですので、私の家にどうぞ」
迎えに来た、という言葉から察するに、話は個人的な物では済まないだろうという判断だ。
「では、お言葉に甘えさせて頂きます」
そうして神無は友達に別れを告げ、フォリシスを家まで案内した。