「さて、これからの事についてだが、その前にやらなければならん事がある」
そう言って大賢者は、今度はリムの方を向く。
「お主……強い呪いにかかっておるな」
大賢者のその言葉に、フォリシスが補足を入れる。
「やっぱりお師しょー様もそう思いますか?彼女、記憶も失くしてて……」
何事か考えてから、大賢者はメモに走り書きをしてフォリシスに渡す。
受け取ったフォリシスは、それに目を通すと部屋を出て行った。
「……これは本来なら、存在自体を消滅させる呪いであろう。幸か不幸か、不完全だがな。強い呪いというのは、かけた術者の力量をも測れる」
そこで大賢者は一旦話を切る。
「……恐らくは十中八九、虚無の仕業であろう」
「虚無?」
何者だろうか?全員が疑問に思う。
「虚無こそが、世界を破滅へと導く邪悪なる存在。月の宝珠に封じられていた者……今の所、奴の目的が何なのかは分からん。だが、だからこそ今、宝珠を集め、
再び奴を封じなければならん」
虚無。
それが、封じるべき敵。
「呪いをかけたのが虚無だとすると、理由は自ずと分かる。恐らくは奴の計画に支障をきたすか、あるいは……」
「虚無の存在そのものを脅かす“何か”を、知っていた……?」
緊迫したムードの中、先程部屋を出て行ったフォリシスが戻ってきた。
その腕に、見た事のない物ばかりを抱えて。
「お師しょー様、
「……オモイデスグリの花……風切鳥の尾羽……淡水蛍の光……灰水晶……うむ、これでいい。後は陣を引かねばならんな」
大賢者は、オモイデスグリの花と風切鳥の尾羽、それと灰水晶を粉々に砕くと混ぜ合わせ、それを淡水蛍の光が入っている瓶の中へと入れ、空中に撒く。
すると粉はそのままリムの頭上で魔法陣を描いた。
「ディンティオディムイフエトゥントゥイディヤ……かの者を覆う邪悪なる力、今打ち払いて、眠りし記憶の扉、今ここに開かん事を……」
しかし、詠唱の途中で大賢者は急に顔色を変え、窓の外を見る。
「どうしたんですか、お師しょー様!?」
「何者かが結界を破り侵入しようとしておる」
緊迫したその声と表情に、全員緊急事態を悟った。
「仕方ない……フォリシス、コレをお主に預ける」
大賢者は急いで本棚から一冊の分厚い本を取り出し、フォリシスに渡す。
「これ……お師しょー様の大切な魔術書じゃないですか!?ダメです、こんなの預かれません!」
「よいか馬鹿弟子、よーく聞け。もうじき結界が破られる。そうしたらお主が神無殿の手助けをせい。……お主にはもうこの本を読む事が出来るだけの力が備わっておる。
だから託すのだ」
「お師しょー様ぁ……」
そうして今度はリムに向き直る。
「不完全な解呪で申し訳ないが、今は一刻の猶予もない。だがきっかけさえあれば、記憶は必ず戻る」
「きっかけ……」
リムがそう呟くと大賢者は頷き、神無を見据える。
「神無殿には色々と迷惑を掛ける。しかし運気はお主に向かって流れておる。想い、支える者がいれば、大丈夫だて」
そう言って大賢者はチラとラティスを見、杖を一振りさせる。
すると島に来た時と同じ、光の球体に包まれる。
但し、大賢者を除いて。
「お師しょー様!?何やってるんですか!お師しょー様も……!」
「……結界が、破られた」
直後、建物の半分が吹き飛ばされ、魔物が姿を現した。
しかし、その魔物は今までとは明らかに違っていた。
人の形を成していたのだ。
言うなれば――魔人。
魔人は耳障りな声で話し出した。
「やっと見つけたぜぇ?大賢者様よぉ……全く手こずらせやがって。不可視の壁に結界だとぉ?ハッ!どおりでなかなか見つからねぇワケだ。
なぁ?……何だぁ?そっちのガキ共は」
一通り話してから、魔人はようやく神無達の存在に気付いたようだった。
「行け!お主らにはお主らの為すべき事がある!」
「ですが……!」
「まぁいい……纏めて吹き飛びやがれ!」
「!」
直後、物凄い爆発が起こり、その爆風で神無達は光の球体に包まれたまま吹き飛ばされた。
そうして、そのまま全員、深い意識の底へ落ちていった――。