そう思って神無が思わず目を瞑った時、不意にマリノスの腕の力が緩んだ。
「……?」
 見るとラティスがマリノスの腕を掴んでいて。
「神無から離れろ……!」
 静かに怒りを含んだその声は、怒鳴るよりも迫力があって。
 マリノスが思わず圧倒された瞬間、神無はマリノスの腕から逃れる。
「ラティス……!」
「……間に合ってよかった」
 ラティスは安堵してそう言い、マリノスを睨み付ける。
「テメェ今、神無に何しようとしてた」
 そう言って神無を自分の後ろへ隠す。
 しかし、マリノスはラティスの問いには答えず、神無に言った。
「……突然すまなかった。怖がらせて、ごめんね」
 そうして踵を返し、行ってしまった。


 マリノスが見えなくなると、ラティスは神無に向き直る。
「神無」
 静かに名前を呼ばれ、神無は思わず肩を竦める。
「……平気じゃなかったな」
「ぅ……」
「しかもかえって悪化。逆効果」
「……ごめんなさい……」
 暫くその場に沈黙が流れる。

 ううっ、すっごく気まずい。
 どうしよう。

「……神無」
 ラティスが再び静かに名前を呼ぶ。
「……はい……」
「皆のトコ、帰るぞ」
「……うん」


 ベリノの所へ戻る途中、二人はずっと無言で。
 少し前を行くラティスの背中を見つめて、神無は切なくなる。
「ラ、ラティス」
 その背中に、神無は思い切って声を掛けた。
「……何だ?」
 だがラティスは歩きながら、振り向く事も、立ち止まる事もしなかった。
 ラティスの態度に神無は愕然とし、何故だか悲しくなって。
 神無は立ち止まり、もう一度ラティスの名前を呼ぶ。
「……っラティス!」
 今度は立ち止まり振り向いたラティスが見たのは、目に涙を浮かべながら、両手でスカートの端をギュッと握り、泣かないように必死に堪えている神無の姿だった。
「神無……」
「……ごめんなさい……ワガママ言って、結局私……」

 嫌な思いをさせてしまった。
 それが凄く嫌で。

 神無は俯いた。
「……怒ったりなんか、してないから」
 俯く神無を、ラティスは優しくフワッと抱き締めた。
 その事に神無は、思わず泣いてしまう。
「よしよし……」
 そうして神無が泣き止むまで、ラティスは黙って髪を撫でていてくれた。


 暫くして泣き止んだ神無は、バツが悪そうに言う。
「……ごめんね?何か、急に泣いちゃったりして……」
「いい……傍にいるって、約束したろ……?」
「うん……ありがとう」
 そう言いながら神無は、自分の中でハッキリとした気持ちに戸惑っていた。

 どうしよう。
 今、物凄く……この人の、事が。

 ラティスが、好きだ。

「神無、どうした?」
 そんな神無の様子に気付いたラティスが声を掛ける。
「う、ううん……何でも、ない……」
 だが、神無は言えなかった。

 今のこの関係が、壊れてしまいそうで。