一方その頃。
マリノスは船尾で一人呆けていた。
思い出すのは、マニュファダスでのあの出来事。
「……何であんな事しちゃったかなぁ、あの時……」
抱き締めて愛の告白まではいい。
問題はその後だ。
「絶対嫌われたよなぁ……」
キスをしようとしてしまった。
神無は嫌がっていたのに、だ。
「あれは強引過ぎたよなぁ……」
そう呟いて溜息を吐く。
先程から延々それの繰り返しだ。
自分の行動を今更悔やんでも遅いとは分かっているのだが。
あの後一人でベリノの所へ戻る途中、すぐに後悔の念が湧き上がってきて。
取り敢えず何事もなかったように振舞ったが、それで自分のした事がなかった事に出来る訳ではない。
「……バカな事したよな」
マリノスは知っていた。
神無が誰を好きなのかくらい、見ていてすぐ分かった。
それが本当は両思いなのも。
だからきっと、自分の思いは受け入れられない。
「大体、ラティスの野郎、何で神無を放っとくかなぁ?それが一番の疑問なんだよなぁ……あんなイイ女」
だからかもしれない。
マリノスは基本的に女の子が好きだ。
だから女の子には優しくするし、言葉遣いにだって気を付ける。
大抵の子は、丁寧な言葉遣いの方を好むから。
本気の恋愛を今までした事は無いけれど、いいな、と思った子には取り敢えずアタックしてみる事にしている。
そんなマリノスの好みの中で、神無は結構イイ線をいっている。
顔はまぁまぁだし、何より自分の強い意志で行動している所がいい。
多少気が強すぎる時もあるが、ただチャラチャラして男に媚を売るような女より、断然マシだ。
「ま、何にせよマジで本気になる前に手ぇ引かないと」
そう言ってマリノスは苦笑した。
フォリシスと話し終えたラティスは、暫く船内を一人で当てもなくウロウロとしていた。
そんな中、背中から声を掛けられた。
「ラティスさん」
振り返るとそこにはリムがいて。
心なしか、その表情は厳しい。
「リム。どうかしたのか?」
「探しました。……少しお話があります」
リムの目は真剣だった。
「……何?」
「単刀直入にお聞きします。神無さんの事はお好きですか?」
「な……っ!?」
リムの単刀直入すぎる問いに、ラティスはたじろぐ。
「……何で」
「このままじゃ神無さんが可哀想です。神無さんの気持ちに気付いているのに、突き放す事も、傍に引き寄せる事もされないのは、酷いと思います」
怒っている。
物凄く怒っている。
それは凄くよく分かるのだが。
ラティスはリムの言葉に思わず苦笑する。
「……何で笑うんですか」
「いや……さっきフォリシスにも同じような事を言われてな」
「でしたら!」
詰め寄るリムに、ラティスは遠く地平線の彼方を見つめながら言う。
「俺だってそうしたい……でも、今はまだ」
「はぁ!?何言って……」
「分かってる。これは俺のワガママみたいなもんだ。でも、今のままじゃきっと余計に傷付ける」
そう言ったラティスのその瞳の奥に、辛さと、深い何かを感じ取って、リムは渋々引き下がる。
「でも!ちゃんとフォローはしてあげて下さいね?」
「ああ」
まだ少し怒りながら去るその背を見送りながら、ラティスは苦笑する。
「……本当にアイツ、記憶喪失中のガキか?」
まさかリムに怒られるとは、思ってもみなかった。
「あぁ、やっぱりまだここにいた」
その声にマリノスが振り向くと、フォリシスがいた。
「マリノス君、話、いいですか?」
「……ヤローと話すより、女の子と話す方がいいけどね。ま、いいや。何?」
ずっと船尾で一人考え事をしていたマリノスは、冗談っぽく言う。
「……何か、いつもと口調違いますね」
「だって今、女の子傍にいないしー」
こっちが地か、と思いながら、フォリシスは口を開く。
「……聞きましたよ?神無さんに告白したって」
先程まで考えていた内容が正にその事だった為、マリノスは内心苦笑しながら、努めて明るく言う。
「あぁ、その事?アレね、その場の雰囲気に流されてっつーの?そんな感じ」
だがフッと息を吐くと、途端に哀愁を漂わせるかのように目を細め、遠く地平の方に視線を向けた。
「……俺も分かってるよ。神無が誰を好きかくらい」
「マリノスさん……」
「どうにも神無は無自覚に見えるけどね。……混乱させたかな」
「さぁ……ですが、何も悩まない恋愛なんてありえませんからね」
フォリシスのその発言に、マリノスは片眉を上げる。
「へぇ?フォリシスにもそういう経験が?」
「……どうでしょう?」
だがフォリシスはニコニコとした笑みでかわす。
「……お前、意外に喰えない奴だな」
「ありがとうございます」
「……褒めてねーし」
そう言ってマリノスは口を引き攣らせる。
そうしてふと真面目な顔になってフォリシスに聞く。
「……でもさ。マジな話、何でアイツは神無の事を放っておくと思う?少なくともアイツは気付いてるだろ」
そう聞かれてフォリシスは、ラティスの言っていた言葉を思い出す。
『俺にはその資格が無い』
だがそれをそのままマリノスに言っても、怒るだけだろう。
「……人にはそれぞれ理由があったりしますしね。旅が無事終わるまで待ってるだけかもしれませんよ?」
それを聞いてマリノスは、「バカじゃねーの」と呟いた。