船着場に行くと、そこにはあろう事か神無の両親がいた。
「父さん……母さん……」
どうして、と神無は絶句する。
連れ戻される。
嫌だ。
私は――。
「……何で分かったの」
「お前の行動などお見通しだ。何年お前の親をやっていると思っている」
「止めても、無駄だから。私は絶対行くから……っ!」
初めから自分の行動がバレていたのは悔しささえある。
だがそれよりも、夢を叶える邪魔をされるのはもっと悔しい。
だから。
邪魔はさせない。
神無は剣呑な視線を父親に向ける。
しかし。
「行きたければ行くがいい。勝手にしろ」
あっさりと家を出る事を認められ、何だか拍子抜けする。
昨日はあんなにも反対していたのに。
「但し、お前などもう知らん。二度と帰って来るな。それでもいいなら行け」
それは、勘当も同然の言葉だった。
神無の選択肢は二つに一つだ。
帰る家を失うか。
自分の夢を、外の世界を諦めるか。
答えはもう、決まっていた。
「……分かった。ここへはもう戻らない」
後悔は、したくないから。
元々、全てを捨てる覚悟で家を出た。
友達にも詫びの手紙だけで、会う事はしない。
夢を追う事は、甘ったれた考えや、中途半端な気持ちでは出来ないから。
「……餞別だ。持って行け」
そう言って徐に父親が差し出したのは、一振りの刀だった。
「……これは?」
片刃の剣。鞘から抜くと刀身は青白く、まるで月を思わせる。
「銘は無いが、かなりの業物だ」
振ってみると、不思議な事にあまり重さを感じられなかった。
程よく手に馴染む刀を暫し眺め、神無は顔を上げる。
「ありがとう。……行ってきます」
そう言って深々と頭を下げ、歩き出す。
「行ってらっしゃい、神無。元気でね」
両親の横を通り過ぎる時、母親にそう言われたが、神無は立ち止まる事も振り返る事もしなかった。
ただ黙って片手を挙げ、そのままフォリシスと共に船に乗り込む。彼は終始無言だった。
「……よろしかったんですか?あんな別れ方で」
船が動き出してから、フォリシスは心配そうにそう口を開いた。
「……いいの。本当なら挨拶無しで行くハズだったんだから」
そうして神無は気持ちを新たに切り替える。
「さぁ、目指すは北東の孤島!フォリシス、これからよろしくね!」
「はい。こちらこそ」
神無の乗った船を見送りながら、彼女の両親は複雑な表情をしていた。
「これも必然、か」
「……ご託宣に、間違いはなかったのですね」
二人は思い出す。神無が生まれた時の事を。
清涼の里では、生まれた子の一生を占う“ご託宣”という儀式がある。
そうして、それは勿論神無も例外ではない。
『――やがて迎えが来るだろう。祖は大いなる苦難の始まり。出会い、別れ、使命と共に魂の故郷に降り立つ時、嘆きと、そして旅路の終焉を迎えん――』
その内容が、本人に伝えられる事は、決してない。