第二章〜家出と記憶喪失〜


 清涼の里を出た船は、セリークルという街の港に着いた。とはいえ、セリークルの街は船着場から三十分程歩いた所にある。
 何故街と港が離れているのかというと、街ができたずっと後に、清涼の里との交流の為に港が作られたからだそうだ。
「元々清涼の里の存在は、あまり知られていませんでしたからね」
 というのがフォリシスの説明だ。


 セリークルはのどかな街だった。
 整備された街並みが続いてはいるが、そこここに植物が植えられており、自然を大切にしている、という感じだ。
「僕は宿を取ってきますから、神無さんは少し街を見物されるといいですよ」
 フォリシスがそう言ってくれたので、夕方頃には宿に戻る事を約束して、神無は喜んで街の見物に出掛けた。

 当然ながら街には今まで神無が見た事のない物で溢れていた。
 建物の造りも、人々の着ている服も違う。
 顔の造作もフォリシスと似た感じの人が多く、眼や髪の色は様々だ。
 神無は何だか嬉しくなる。

 夢じゃない。自分は今、外の世界にいるんだ。

 そうして改めて自分の服装を見る。
 薄い桔梗色の着物に黒の袴。着物には桜の花びらを模して、所々色を抜いてある。
 清涼の里では普通だったが、ここでは異質だ。

 周囲を見れば、着物より動き易そうな軽装の服。
 これから旅をする身としては、今の自分の格好は不適切だと思えた。

 辺りを見回すと、近くに服屋があったので入ってみる。
「いらっしゃい!お嬢ちゃん、清涼の里の人かい?ここじゃその格好は目立つだろう。どんなのがいい?」
 店の店主らしい女性に気さくに声を掛けられ、神無は逆に尻込みする。
「あ……の、えっと、お金持ってないんで、すみません!」
 そうしてそそくさとその場を立ち去ろうとする。
「あぁ、ちょいと待ちな!」
 だが呼び止められて、仕方なく振り返った。
「お嬢ちゃんのしてるソレ、その髪留め。べっ甲細工かい?」

 べっ甲というのは、ある海亀の甲羅を煮て作った装飾材料で、琥珀色と黒の二色が斑状になって、自然な模様を作り出している。
 清涼の里ではそのべっ甲を髪留めや櫛などに加工して細工物にするのが一般的だ。

「え……これ、ですか?はい、そうですけど……」
 だからそう珍しい物でもないのにと、神無は怪訝そうに店主を見る。
「いえね?清涼の里では普通かもしれないけど、べっ甲細工は希少価値が高くてね。こっちでは結構人気がある代物なのよ。ソレと引き換えになら、 服、売ってあげるよ。どうだい?」
 店主のその申し出は、神無にとって願ってもないものだった。
 実の所、神無はこの髪留めをあまり気に入っていなかったから。
「いいんですか?ありがとうございます!」
 そうして髪留めと交換に、服を一揃い選んだ。

 悩んだ末に神無が選んだのは、タートルネックの薄茶の長袖に、赤のチェック柄の膝上スカート。白のオーバーニーソックスと、茶色のショートブーツ。 腰には茶色の飾りベルトをして、刀を差す。

 その場でクルッと回ってみても、スカートは少し広がった程度なので、激しい動きをしても大丈夫そうだった。
「よし、いい感じ」
 今まで髪を留めていた髪留めの代わり、とおまけで紺色のリボンを貰ったので、髪が邪魔になったら縛ればいい。
 着ていた着物や袴はどうしようかとも思ったが、キチンと畳んで荷物に纏める事にした。

「本当にありがとうございました」
「いいって。こっちも貴重な品が手に入ったからね。持ちつ持たれつってやつだよ」
 笑顔で手を振る店主にもう一度お礼を言って、神無はご機嫌で店を出た。

「えっへっへー。着物より軽いー。動き易いー。何より断然着替え易いー。あー、フォリシス驚くかなぁ?」
 洋服を着るのが初めてな神無は、暫く服の着心地を味わっていた。

 だって頭から被るだけなんて簡単だ。キッチリと着込んで紐で締め付けるように着る着物とは大違いだ。
 着物とは感触の違う布地も肌に馴染んで着心地が良い。


 そうして神無は再びセリークルの街を見て回る事にした。