「マリノス、今からお父さんにお弁当を届けるけど。マリノスも行く?」

 優しい母の声に目を開けてみれば、自宅のソファの上で。
「行く!」
 そう言ってマリノスはソファから降りると、大好きな母の元へと行く。
「さっきね、僕が少し大人になった夢を見たんだ。それで……何だっけ?」
「あら。大人になったマリノス?きっと格好良いでしょうね。見てみたいわ」

 そんな話をしながら鉱山に行けば、休憩中の父が待っていた。
「お父さん!」
 マリノスは駆け出して、大好きな父親に抱き付く。
「お、どうしたマリノス。今日は甘えん坊だなぁ」
「えへへ……」
「おうマリノス!父親に甘えて、お前さん、いくつになったんだっけかぁ?」
「親方!僕、この間十二になったんだよ。忘れた?」
 ベリノに聞かれてそう答えたマリノスは、だが自分の答えに疑問を持つ。

 十二だっけ……?
 そう思った途端、急に胸がざわめく。
 どうしようもない違和感に大好きな人達の顔を見れば、それはより大きなざわめきとなって返ってくる。

 ちがう。
 違う。

「……違う!」

 全てを否定すれば、何もかもが十五の自分に戻る。
 体格も、記憶も、何もかも。
「っ……」

 一面の闇の中、現れたのは両親だ。
「父さん……母さん……」
 だがその表情は、今まで見た事がないもので。

『母さん、なんて呼ばないで頂戴!どうして私が赤の他人を育てなくちゃならないの?』

『実の親に捨てられた子供が、本気で愛されると思っているのか?』

 それは、マリノスが心のどこかでずっと思っていた事だ。
 だが。
「俺の父さんと母さんはそんな事、絶対言わない。俺は日記にあった言葉を信じる。俺の名はマリノス=シラー!俺は……父さんと母さんの息子だ!」

 もう迷わない。絶対に。



「……これは……」
 リムは自分の過去を、まるで走馬灯のように、客観的に見ていた。
 そうしてリムは、記憶の全てを思い出した。

 自分が何者なのか。
 何故呪いを掛けられたのか。
 何を為すべきなのか。
 全て。

 断片的に思い出し始めたのは、少し前。
 フォリシスが暴走させた魔法から仲間を守る為、力を使い切って倒れた後。
 目覚めた時に、不意に頭痛が襲ったかと思うと、断片的な記憶が呼び起こされたのだ。

 不吉な予感を呼び起こさせる、暗雲垂れ込める夜。
 寄り添う、穏やかな二人の人物。
 悪意ある魔法。
 突然の眩しい光。
 横たわり、苦しそうに呻く人物。
 二人の乳幼児。
 少数人による儀式魔法。

 全く関係のないように思える場面が、まるでパズルのピースのように次々と浮かんでは消える。
 それも一瞬の内に。
 その時は、それが何を意味するのか分からず、リムは黙っている事にした。

 それが今。
 この試練で、全てが繋がった。

「……私は、運が良かったのかもしれませんね……」

 リムはそう呟いて目を閉じる。
 今や、過去の幻想は姿を消し、目の前には自分の姉が立っている。

 悲しげな表情。
 それはまるで、記憶を失くしたリムを責めているように。

 それでも、自分は運が良かった。
「姉様……必ず、使命を果たしてみせますわ」
 自らに与えられた使命は、もうその殆どを果たせている。
「必ず、虚無の元へ……」

 その瞳は決意に満ちていて。
 どこか気高さがあった。