暗闇に、ラティスの悲痛な叫びが響く。
「もうやめてくれ!」

 夢からはすぐに醒めた。
 七年前までの平穏な日々。
 けれど、ラティスには深い罪の意識と、神無への強い想いがあって。
 夢の中の幸せは、何の意味も為さなかった。

 だが。
 今ラティスを苦しめているのは、他ならぬ深い罪の意識だ。

『いいえ、許さないわ……許すもんですか!貴方だけ幸せになるなんて、絶対許さない!』

「分かってる!俺が悪いんだ……俺が……」
 ラティスは目の前で叫ぶ少女に、泣きそうな程に顔を歪ませる。
 しかし相手は、なおもラティスを追い詰める。

『そうよ。貴方が悪いの……私を殺した貴方に幸せになる権利なんてない!』

 そう。目の前の少女を、殺した。
 それは、変えようのない事実。
 忘れたかった。忘れられなかった。
 それでも最近は、昔ほど苦悩する事はなくなっていた。
 だが。
 エバーラッサで水の珠を見つけた時。
 ウォーティスに、昔の話を持ち出された時。
 嫌という程、思い出した。
 この試練にしてもそうだ。
 罪は消して消えないのだと。
 強く思い知らされる。

『貴方が人殺しと知ったら、仲間は皆、どう思うかしらね?』

 そんなの。
 離れていくに決まってる。
 分かりきった事だ。

『皆離れていくわ。あの神無って娘も』
「!」
『当然の報いよねぇ?人殺しの貴方は一生独りでいるべきなのよ。それなのに……誰かと一緒に幸せになるなんて、虫が良すぎるわ!』
「俺は……」
 その言葉にラティスは、力なく俯いた。

 ずっと、言えないでいる。
 人殺しの罪を隠したまま、幸せになろうだなんて思えない。
 でも。
 話した所で、受け入れてくれる保障なんて、どこにもない。むしろ、失う可能性の方が高いのだ。
 あの笑顔を失いたくない。
 ずっと自分に向けていて欲しい。ずっと見ていたい。
 でも、だけど。
 いつか話すと、約束した。
 それは一度目も二度目も船の上で。

 ラティスは思わず苦笑する。
『……何がおかしいのよ』
「……話すよ。神無に全部……そう約束した」

 嫌われたくない。
 傷付きたくない。
 でも。
 このままにしておけないし、罪を隠したままなんて、自分にはできない。
 現状維持では神無を苦しめるだけだ。
 話した所でそれは変わらないのかもしれないが、約束は果たすべきだ。

 すると突然、神無が目の前に現れた。

『どうして!?何でそんな事話すのよ。そんな話、聞きたくなかった!』

「神無!」
 だがその姿は、幻のように消えてしまった。
『……今のは近い将来、起こりうる事よ。彼女は貴方に失望し、傷付き、離れていくわ。それでも話すと言うの?』
 思っていた事を指摘され、ラティスは胸がズキッと痛む。
 それでも。
「話しても話さなくても。苦しめる事に変わりはないし、もしかしたらって事もある。話さないのは俺のエゴで、そんなのは卑怯者のする事だ。過去は変えられないし、 逃げたまんまじゃダメだ。好きな人には受け入れてもらうしかない。それこそ俺のエゴだけど、決めるのは俺じゃない。これは神無に決めてもらうしかないんだ」
 前に、フォリシスに言われた言葉がある。

“全部話して、決めるのは彼女ですよ”

 例えそれが、どんな結果になっても。