気付くと神無は街外れまで来ていた。
「そろそろ宿の方に戻ろうかな……」
そうして体の向きを変えた時だった。
「だれか!たすけてぇ!」
子供の泣き叫ぶ声に反応してそちらを向くと、子供が魔物に襲われているのが目に入った。
神無は思わず荷物をその場に放って駆け出す。
魔物はこの世界に普通にいる存在だ。
ある日突然、何かの作用で動物や植物が獰猛な生き物に変化する。
だが本来魔物は人の立入らない場所に生息している。
とはいえ、ごく稀に街の近くにも出現するので注意は必要だが。
「はぁあああっ!」
神無は腰に差していた剣を鞘から抜きながら、魔物に駆け寄り斬りつける。
手応えはあった。
だがその魔物はアメーバのような半透明のゲル状の体をしており、神無が斬りつけた場所は何事もなかったかのようにくっ付いてしまった。
「嘘っ!?……でも、それなら!」
神無は距離を取り、魔物の体を凝視する。
「……そこっ!」
神無は狙いを定め、ある一点を突く。
半透明な体の中央に見えた、丸い物体。
それは、魔物の心臓部とも言える核の部分だ。
核を傷付けられ、魔物はその場から消滅する。
「……っよし!」
魔物相手に戦ったのは初めてだった。
清涼の里では剣術指南や素手での格闘術、弓術などの武道を、男女関係なく一通り学ぶのが一般的だ。
それでも魔物が里に現れた時に退治するのは男達の役目だ。
だから神無は自分の実力がどれ程なのか分からなかった。
その為今回の初戦闘で勝利出来た事に、嬉しさのあまりグッと小さくガッツポーズをする。
すると、どこからか声が聞こえた。
「あんなザコ一匹で、そんなに嬉しい?」
神無は咄嗟に剣を構え直して辺りを覗う。
「……誰!?」
「敵じゃねーよ」
そう言って近くの木陰から現れたのは、神無と同い年位の少年だった。
「……で?ずっと見てたわけ?」
神無は剣を収めるが、柄に手を掛けたまま訝しげに相手を見る。
丸腰の相手。見た所普通の若者だ。
「俺はラティス。お前は?」
「……神無」
「神無……ね。清涼の里から出て来たのか?旅を?」
「まぁ、そうだけど……」
取り敢えず敵意もなさそうだと判断して、柄から手を離す。
そうして相手の顔をよく見る。
――ふいに、彼の眼に惹き付けられた。
青みがかった、綺麗なエメラルドグリーンの瞳。
その瞳によく似合う、金色の髪。
「……」
「……神無?」
怪訝そうに声を掛けられ、神無はハッと我に返る。
「あ、いや……綺麗な色の眼だと思って」
本当に綺麗だ。少し羨ましい。
「そうか?黒眼も十分いいと思うけど。今日はこの街の宿に泊まるのか?」
「え……うん」
「ふーん……ならいいや。じゃーな、神無」
「え?ちょ……!」
引き止める間もなく、ラティスはさっさとその場から立ち去ってしまった。
「……」
結局今のは何だったんだろうか?
「ワケ分かんない……何しに来たの……?」
そう呟いて、ふと思い出す。
「そういえば子供と荷物!」
だが周囲を見回してもそれらしい子供はおらず、どうやらあのまま逃げてしまったらしい。
「……宿、戻ろ……」
仕方なく神無は荷物を持って宿へと向かった。