それは五百年程前の話。

 天空に輝く月とこの大地は、天鏡<てんきょう>と呼ばれる道で、行き来が出来るようになっていた。
 月には古より宝珠を守護する一族が住んでおり、大地に住む者達から月の一族と呼ばれていた。
 月の一族が守護する宝珠は二つあり、一つが破壊の力を、もう一つが守りの力を持っていた。

 ある時、一人の月の一族の男が、破壊の力を持つ宝珠を自らの物にしようと企み、失敗して大地に追放された。
 だが男は力を付け、復讐の為に月に攻め込もうとした。
 月の一族は守りの力を持つ宝珠を使い、その者を封印する事にした。
 しかし、男の身に付けた邪悪な力は強大で、宝珠の守りの力だけではどうにもならなかった。
 男との攻防が続く中、月の一族はある時、守りの宝珠を彩る虹の七色と、自然界の七つの要素が呼応している事に気付いた。
 一か八か、月の一族は大地の魔法使い達と協力し、虹の七色にそれぞれの要素を取り入れさせた。

 自然界の七つの要素。
 それ即ち。


 燃え盛る炎の赤

 光の象徴、太陽の橙

 大陸の黄土の黄

 草原を渡る風の緑

 澄み渡る水の青

 闇の象徴、夜色の空の藍

 冴え渡る紫電の紫


 取り入れられた要素は形を成し、守護精が誕生し、珠に宿った。
 強固になった守りの力で、男を封印する事に成功した月の一族は、守護精の宿った宝珠を大地の魔法使い達に委ねた。
 守護精達の力は、大地の方がより働くだろう、という事で。
 魔法使い達は委ねられた宝珠を“月の宝珠”と名付けた。

 その後、月の一族は互いの為にと天鏡を封じ、それ以来、月と大地の交流は断たれてしまった――。



「……で、宝珠は魔法使い達を束ねていたラノス王家が管理を任された、と」
 神無がそう話し終えると、フォリシスが抗議する。
「変ですよ、それ!魔術書の内容と違うじゃないですか!?」
「本に書かれた内容が全て正しいとは限りませんよ」
 そう言ったのはリムだ。
「……例えば、守護精の属する土地柄。その魔力的価値の高い場所で要素を取り入れさせたと考えられます」

 守護精達がそれぞれ生まれた場所。
 そこが聖所となっていてもおかしくはない。

「それに、元々一つだった宝珠が、守護精が宿る事で七つに分かれ、そこからまた一つに戻ったと考えれば、魔術書の内容と今の話は一致致しますわ」
 リムにニッコリと笑顔でそう言われ、フォリシスは大人しく引き下がる。
「……そうですね。言い伝えや伝承なんかみたいに、伝え聞いた話を本にしたかもですしね」

 人から人へと伝わる内に、重要な部分が抜け落ちたり、間違って伝わる、というのはよくある話だ。
 何より、当事者である守護精が見せたものだ。疑う方が間違っている。

「でもさ、何で神無だけ見せられたんだ?」
 ラティスの疑問はもっともだ。
 わざわざ試練の代わりに見せたのだから。
「それは……ほら、私って元々色んな所見て回りたいってのが夢だったから。それが叶ってる今、夢か現実かなんて選ばせる必要がなかったんじゃない?」
「……そう、か……」
 神無の言葉自体におかしな所はない。
 だがラティスは、神無のその様子に何故だか違和感のようなモノを感じて、首を傾げた。
「ま、一理あるね。だがそれよりも今一番大切なのは、城に乗り込むという事実じゃないのかい?」
 マリノスの言葉に、全員が表情を引き締めた。
「恐らく、虚無は今、天鏡の場所を探していると思います。月に通じる道を。それというのも、その場所は姉様が結界で隠しているからです。 我々は何としてでも、その前に虚無を封印しなければなりません」

 それは、最後の戦い。

「では、決戦に備えて今日は十分に休みを取りましょう」
 そうしてその場は解散になった。