「神無」
宿のラウンジに神無が一人でいると、ラティスに声を掛けられた。
「ちょっといいか?……話があるんだ」
「うん……」
そうして人気のないテラスの方へと移動する。
「やっぱり寒いね〜」
「……そう、だな」
「……話って?」
「約束、したろ?……ずっと言えなかった、俺の過去……決めるのは神無だ」
「……何の事……?」
決める、とは一体どういう意味だろう?
真剣な表情で。
……もしかしたら愛の告白だったりするのだろうか。
そんな事を少しだけ思って、神無は何だかドキドキしてしまう。
しかし次の瞬間、神無は自分の耳を疑った。
「俺は昔、人を殺した事がある」
それは、思ってもみなかった言葉。
「え……?」
聞き間違いだろうか?
だがラティスは話を続ける。
「俺には親がいない。どこの誰かも分からない。俺を育ててくれたのは本当にいい人達で、その人達には、俺より一つ上の娘がいたんだ」
ラティスはゆっくりと思い出す。
七年前の、あの日の事を。
その日は雨の次の日で、川の水が増水していた。
危ないから、あまり川の近くに行かないよう言われていたのに。
二人で川のすぐ側で遊んでいた。
遊んでいる内に、些細な事でケンカが始まるのはいつもの事で。
お互いに相手を突き飛ばすように押し合いになって。
『もう、あっちいってよ!』
そんなつもりはなかったのに。
バランスを崩した彼女は、川縁で足を滑らして、川に落ちてしまった。
辛うじて側にあった草を掴んでいる所を、慌てて必死に助けようとするが、所詮はまだ十歳の子供。
助けられるハズはなかった。
「俺が、殺したんだ……」
そこまで話して、ラティスは神無に視線を向ける。
と、神無は辛そうに顔を歪めていた。
「どうして……?どうしてそんな事、言うの……?」
「……っ!」
同じだ。
光と闇の試練で見せられた神無と。
あのときに言われた言葉が甦る。
『彼女は貴方に失望し、傷付き、離れていくわ』
失う。
嫌だ。
ラティスは思わず、目をきつく閉じた。