旅の仲間が四人となり、ヒューレ山脈を越えている途中、魔物と遭遇した時の事だった。

「リムさん、下がって!」
「は、はい!」

 毎回魔物と遭遇すると、前衛で剣を使う神無と鞭を使うラティスが接近戦、後衛で二人を魔法で援護するのがフォリシス、という陣形で、 リムを庇うようにそれぞれ応戦していた。

 しかし、陣形の隙を突いて魔物が一体、リムに襲い掛かった。
「しまった!」
「リムっ!」
 だが。

稲妻招来≪ライトニング≫!」

 その言葉と共に魔物の頭上に雷が落ち、魔物は一瞬で消滅した。
 魔法を使ったのは――リム。
 どこから取り出したのか、その手には小型の杖が握られている。
「……」
 一同は暫し呆然とする。
「……すっごーい!リム、魔法使えたんだぁ!」

 一番にそう反応したのは神無だ。
 神無は、フォリシスの魔法を初めて見た時にも、同じように驚いていた。

 だって生だ。その迫力は、本で見たり聞いたりしたものとは全然違う。

 でも今回の驚きはそれとは別だ。
 リムはまだ幼く、記憶も失っているというのに、その威力はフォリシスの魔法に負けず劣らずで。

「ね、何か思い出したの?」
 期待を込めて聞くが、リムは首を横に振る。
「咄嗟の事なので、今は何とも……」
 そう言ってリムの表情は沈む。恐らくは体が憶えていたものなのだろう。
「そっか……でも、その内思い出すよ。きっと……ううん、絶対!」
「……ええ!」
 神無の励ましに、リムは初めて笑顔を見せた。


 それからというもの、魔物との戦闘はグンと楽になった。
「やっぱり魔術師が二人いると楽だねー。リムの魔法は的確だし」
「そんな、私は別に……」
「それで、記憶の方は戻りそうにありませんか?」
 しかしリムは首を横に振る。
「……もしかすると、何か強い魔法が掛けられているのかも」
「魔法が?」
 フォリシスは頷き、少し考えるように言う。
「リムさんは相当強い魔力の持ち主ですし、得てして、そういう人は呪いとか、そういった類の魔法を掛ける対象にされやすいんです」

 悪意ある魔法。フォリシスはその可能性をずっと考えていたらしい。

「お前は何とか出来ねぇのか?大賢者の一番弟子なんだろ?」
 ラティスにそう問われ、フォリシスは視線を逸らす。
「……出来ねぇのかよ……役に立たねぇなぁ」
「お師しょー様が悪いんですよ!?毎日毎日雑用ばっかりで、うぅ……」
 役立たずと言われ、フォリシスにしては珍しく大声を出す。どうやら一番弟子も楽じゃないらしい。
「まぁですが、今その方の元へと向かっているのでしょう?でしたら別に私は構いませんから……あまりお気になさらないで下さいね?」
「すみません……」

 リムは優しい。おまけに言葉遣いも丁寧で行儀もいい。立ち居振る舞いなんか完璧で、とても年下には見えない。
 優雅で清楚で華麗に可憐。
 ……そんな風に振舞えるリムが、少し羨ましい。

 傍から見ていてそう思った神無は、自分との違いに軽く溜息を吐く。
「どうした?溜息なんてらしくもない」
 そうラティスに言われ、神無は苦笑する。
「そう?ま、ちょっと疲れたかな?って。でも山越えももう終わりでしょ?」
 ヒューレ山脈ももう麓に近い。そうすれば北東の孤島ももうすぐだ。
「……ならいいけどさ。無理するなよ?お前だって一応女なんだからな」
 笑顔でそう言われ、不覚にも神無はドキッとしてしまう。
 しかしよく考えて、一応、という言葉が引っ掛かった。
「一応……」
 まぁラティスは口が悪いし、と取り敢えずそう思っておく事にした。

 まぁ、一応。