それは、生徒会室で執務をしている時だった。
「副会長はん」
 琴音が「用事で職員室に向かう」と部屋を出て行った後、山吹が話しかけてきた。
 ちなみに今部屋にいるのは、俺と山吹と浅葱の男三人だけ。
 若竹はクラスの用事で少し遅れてくるらしい。
「どうした。分からない事でもあったか?」
 何か嫌な予感がするのは気のせいだろうか?
 そんな風に感じていると、その予感は見事的中した。

「副会長はんて、会長はんの事、好きなんでっしゃろ?」

 その言葉に俺は思わずむせた。
 いきなり直球だな、おい!
 しかもなんだ、そのほぼ確信してます、的な言い方は!?
「あ、図星でっか?」
「……いきなり何だ」
「いや、ただの興味本位っちゅーか……星に“副会長はんは会長はんの事、好きやと思う”言うたら、“ちゃう”言うから」
「……太陽。事実を捻じ曲げるな。俺はお前が“副会長は絶対会長の事を狙ってる”っていうから“決め付けるな”と言ったんだ」
「せやったか?でも、好きやっちゅー事は狙ってんのと同じやろ」
 浅葱と太陽の会話に頭が痛くなる。

 あぁそうだよ、俺は琴音が好きだ。
 だけどな、その想いを口にする事は一生できないんだ。
 そんな事をしたら、琴音の傍にいられなくなる。
 琴音の信頼も、幼馴染の立場も失って、その他大勢に分類されるんだ。
 仮に琴音が俺の事を好きだったとしても。
 ……例えだぞ?そんな事ないってちゃんと自覚してる。
 両想いだったとしても、琴音は俺の告白を断るだろう。
 今まで自分の発言を盾に、多くの告白を断ってきたから。
 それが、好きな人と両想いだった、という理由でその相手と付き合うというような無責任な真似はしない。
 琴音はそういう人間だ。
 それは、傍で琴音を見てきた俺が一番よく分かっている。

「山吹。必ずしも、相手が好きという理由イコール狙うにはならないぞ」
「へ?何でです?」
「相手が既婚者なら、不倫になるだろう」
「……会長はん、結婚してはるんですか……?」
「例えだ、例え!」

 全く、なんて勘違いするんだ。
 琴音が結婚なんて、冗談じゃない。
 俺以外の男が琴音の隣に立つなんて、想像したくもない。

「……この世には、想いを伝えられない人間もいるって事だ」
 俺がそう言うと、浅葱が助け舟を出す。
「太陽。会長の宣言、忘れたのか?」
「宣言?……あぁ!誰とも友達以上の関係にはならへんっちゅーアレか。でも、どう見たって副会長はんは会長はんにとって特別やと思うんやけど」
 確かに、山吹の言う事も一理ある。
 時々、俺と琴音の仲を疑う輩もいるしな。
「それは幼馴染っていうのが特別に見えるだけだろ。どちらか片方に恋愛感情がなければ、親友と同じだ」

 そう、幼馴染っていうのは“友達以上恋人未満”の典型的な例だ。
 だけど俺の場合、性質が悪い。
 俺の場合“友達以上恋愛未満”だ。
 何せ相手はそもそも、恋愛しないと宣言しているのと同じなんだから。

「副会長はんも、大変なんやなぁ……」
 しみじみとそう言われ、その言葉がグサッと胸に突き刺さる。

 哀れむような目で俺を見るな。
 虚しくなる。

「……それはそうと」
「何でっか?副会長はん」
「その“副会長はん”て呼ぶの、やめないか?」
「気に入りまへんか?」
「気に入らないというか……」
「ほんなら、“弦矢はん”とか“弓近はん”とか?」
「……その“はん”っていうのは絶対なのか」
「なんや、言いやすいんですわ」
「俺は慣れない……舞妓を連想して」
 うん。勝手な思い込みで悪いが、男に“〜はん”って呼ばれると、何か気色悪い。
「そうでっか……なら“弓近先輩”でええですか?会長はんも名前で呼んではるし、その方が親近感ありますやろ?」
「そうだな。ついでだから浅葱もそう呼べ」
「はい」
「なら、副……やなかった。弓近先輩も俺らの事、苗字やのうて名前で呼んでもらってもええですか?これから一緒に仕事するんやし」
「ああ。それじゃあ改めて、これからよろしくな。太陽。星」
「はいな」
「はい」

 これから半年。ちょっとは楽しくなりそうだ。