「で、だ。さっきまで話してた内容はくれぐれも琴音には内緒だぞ」
さっきまでの話――俺が琴音を好きだというアレだ。
一応口止めはしとかないとな。
俺の気持ちがバレたら、それはそれで気まずいし。
すると太陽がニッと笑って言う。
「分かってますがな」
「何をだ?」
ドアが開くと共にそんな風に声を掛けられて、俺は思い切りビクッと肩を竦めた。
勿論そこに立っていたのは琴音で。
「お、男同士の話だ。な?太陽、星」
「え、あ、そ、そうですわ!」
どもりながらもそう言う俺と太陽に同意するように、星がこくこくと首を縦に振る。
「……まぁいいが。それよりも私が席を外している間に随分と親しくなったみたいだな」
そう言いながら入ってくる琴音の後ろから、若竹も入ってきた。
「あの、遅れてすみません」
ペコリと頭を下げてそう言う若竹に、太陽が笑いかけた。
「そんな畏まらんでもええて。せや、どうせやから全員名前で呼び合うっちゅーのがええと思うんやけど」
「は……?」
いきなりの太陽の提案に、俺は呆れる。
少なくとも、今ここに来たばかりの若竹には説明しないと、話に付いていけないと思うぞ?
そんな風に俺が思っていると、真っ先に反応したのは琴音で。
「いいな、それ」
「さっすが会長はん!話が分かる〜」
そう盛り上がる横で、当然若竹は話に付いていけてなくて。
俺が簡単に説明する事にする。
「若竹。実はさっき話の流れで、苗字とか役職ではなくお互いに名前で呼ぶ、という事になってだな」
「せやから、俺らは会長はんらの事を、“琴音先輩”“弓近先輩”って呼べばええんやて」
「え……いいんですか?」
遠慮がちにそう聞いてくる若竹に、俺も琴音も快く頷く。
「えっと、俺は満月ちゃんって呼べばいい?」
「あ、はいっ」
一応そう聞くと、若竹――満月ちゃんは戸惑いながらも返事をした。
「じゃあ私は満月って呼ぶ事にしよう」
「はい。……琴音、先輩」
若干頬を染めつつそう言う満月ちゃんに、太陽が釘を差すように言う。
「満月ちゃん、俺や星の事もちゃんと名前で呼ばなあかんで」
「浅葱君の事も、名前で……?」
呟くようにそう言った満月ちゃんは、ゆっくりと星に視線を向けて。
目が合ったんだろう。いきなり顔が真っ赤になった。
……初々しいなぁ。
なのに星の方は満月ちゃんの気持ちに気付いてないみたいだし。
なんか親近感感じるよ、満月ちゃん。
「星もちゃんと満月ちゃんの事、名前で呼ぶんやで?」
太陽の方はちゃんと満月ちゃんの気持ちに気付いてるようで。
気付いててそういう事言うんだな、お前。
そりゃあ確かに、好きな相手に名前を呼んでもらえるのは嬉しいと思うがな。
戸惑ってるぞ、満月ちゃん。
「……太陽の奴は強引だからな。嫌なら断るといい」
……って何言ってんだ星!
まぁ、満月ちゃんの戸惑ってる様子を勘違いしたんだろうけど。
だけど女の子って、意外に強いのな。
「あ、あの!浅葱君の方こそ、嫌じゃないなら……私は呼んで欲しい、な」
頬を真っ赤に染めながら、それでもちゃんと自分の希望を相手に伝えてさ。
「……満月」
「っ……!」
あー……名前呼んでもらえてスゲー幸せそう。
名前で呼びあうって、実は凄い事なのかもしれない。
それだけで、相手を近い存在に感じられるから。
だって、大して親しくもない相手の名前なんて、普通呼ばないだろ?
……俺と琴音はどうなんだろうか?
昔からずっと名前で呼び合ってるけど。
幼馴染だから、本当にそれだけで近しい存在なんだけど。
心の距離は、昔から幼馴染のまま、ずっと平行線なんだろうか。
もしそうなら。
それ以上は決して近づく事はない。
一番相手を、遠く感じる状態。