車の中は、いつもよりかなり快適だった。
 それもこれも、レトとニーニャが騒がなかったからだ。
 というか。
「レト、ニーニャ、おいで」
 車に先に乗り込んだ琴音がそう手招きすると、奴らは自ら喜び勇んで車に乗り込んだ。

 いつもなら、乗せるだけで一苦労なのに。特にレトが。
 ニーニャはいいんだ。猫用キャリーに入れさえすれば、ニ゛ャーニ゛ャー煩いだけだから。
 問題のレトは、ゴールデンレトリーバーだからでかいんだよ。体格が。
 そんなのに抵抗されてみろ。かなりの力仕事だぞ。

 今は二匹とも、琴音に体を優しく撫でられて大人しく夢の中。
 いつもなら喚き疲れて夢の中なのに。
「でも助かったわ〜。琴音ちゃんがいてくれたお蔭で、出発もスムーズだったし」
「そうですか」
「も〜これから家族でどこかに出掛ける時は、毎回琴音ちゃん誘っちゃおうかしら?」
 そう言う母親はさり気なく本気だ。
 ……毎回レトには苦労させられてるからな……。


 そうして着いた爺ちゃん家。
 玄関でチャイムなんか鳴らさなくても、勝手に扉を開けて奥に向かって来た事を伝えるだけ。
 だって玄関に鍵なんて掛かってねーもん。
 っていうか、父親にとっては実家だしな。
「兄さーん!着いたよー」
 勝手知ったる我が家、という感じで家の中に上がる父親にならって、俺達も上がり込む。
「お邪魔しまーす」
 そうすると奥から、伯母さんが出迎えに来てくれた。
「あらあら、遠くから来て疲れたでしょう?今お茶でも……」
 そう言いながら、伯母さんは琴音に視線を留めて首を傾げた。

「あら?あらあら?もしかして……近(ちか)君のお嫁さん!?」

「ちょっと待てーーーーー!」

 この際、俺が親戚から近君とか呼ばれてるのは置いておこう。
 何でいきなり発想がそこなんだ!?
 嫁って、俺はまだ高校生だぞ!?いや、もう結婚できる年ではあるけど……。
 それでも普通、彼女、とかそういう風だろ!
 そりゃあ確かに、琴音が俺のお嫁さんになってくれるなら……いやいや。今は誤解を解くのが先だ。
 いきなりの勘違いで琴音が気を悪くしてるかもしれないしっ。

 思い切り俺が動揺していると、今度は母親がとんでもない事を言い出した。
「まだお嫁さんじゃないわよ〜。み・ら・い・の・お嫁さん♪」
「オイコラ、ちょっと待てや」
 笑顔でなに大嘘吐いてやがる、ババァ。
 俺が怒りを表情に貼り付けていると、母親はこそこそと言う。
「何よぉ。彼女って事にしておいた方が、色々と都合がいいでしょ?」
「都合って何だよ」
「……誰かにモーション掛けられるかもしれないわよ」
「っ!」

 それは確かにヤバイ。
 只でさえ、年頃の野郎共が何人も集まるんだ。
 琴音はこの通り美人だし。
 フリーだと分かれば全員彼氏に立候補しかねない。

 と、俺と母親の会話を聞いていたのか、琴音が自分から自己紹介をした。
「初めまして。弓近君の恋人の月羽矢琴音といいます。今日から数日、お世話になります」
 笑みを浮べてペコリとお辞儀する姿に、伯母さんも好感を持ったようだ。
「あらあら、ご丁寧にどうも。でも、近君にこんな可愛らしくてしっかりした彼女が出来るなんて……そうだわ、皆に早速知らせてこなくちゃ!」
 そう言うと伯母さんはパタパタと奥へと引っ込んでしまった。
 ……時々そういうトコがあるんだよな、伯母さんて。妙にそそっかしいというか、なんというか……。
「じゃあ俺達は荷物でも置きに行くか」
 父親のその一言で、いつもココに来た時に家族で寝てる部屋に荷物を置きに行く。
「俺は父さんに挨拶にでも行こうかな」
「じゃあ私は台所でお茶の用意でもした方がいいかしら?お義姉さんは畑の方に行っちゃったみたいだし……弓近。あんたは琴音ちゃんに家の中でも案内してあげたら?」
 そうしてあっという間に俺と琴音の二人きりになって。

「……ごめんな。その、嘘吐かせて」
「……いいさ。ここは学校じゃないんだ。あの宣言を知らない人間にもし告白されたら、厄介だからな」
 そう言うと琴音は、いきなり俺に抱き付いてきた。
「こ、琴音っ!?」
 急な事に慌てる俺に、琴音は静かに言う。
「……ココにいる間は、恋人同士らしくしないとな」
「そう、だな……」
 そう言ってそっと琴音を抱き締めれば。
 彼女は俺の腕にすっぽりと収まるぐらいに小さくて。
 細い肩とか、柔らかい感触とか、甘いようないい香りだとか。
 やっぱり、女の子なんだなって、改めて思う。


 一時とはいえ、思いがけず“琴音の彼氏”という立場になれて。
 この時の俺は、ただただ胸が締め付けられる程、嬉しかった。