次の日。
……俺は朝から寝不足だった……。
何故かというと、親戚連中が妙な気を回したから。
それは昨晩の事。
「はい、近君と琴音ちゃんはこっちの部屋ね」
「……は?」
爺ちゃんの家には、襖で二部屋に仕切れる広間のような部屋があって。
その片側の部屋に、あろう事か琴音と二人きりにされたのだ。
といっても勿論、襖を挟んで隣には俺の両親が寝る訳だが。
……配置、おかしくね?
普通、男女で分けるもんじゃねぇのか!?
というか、親戚連中はともかく、両親は俺と琴音が恋人同士じゃない事、知ってるハズだろーが!何で止めないんだ!?
……や、何もしないし、何もできないけどな?
という訳で、すぐ近くで琴音の寝息を聞きながら緊張しまくって、ようやく寝たのが明け方近く。
なのに田舎の朝って、とにかく早いんだよ……。
という訳で寝不足なんだ。
……てか琴音。お前、俺が隣にいるのに、よく寝れたよな……。
そんなに俺は男として見られていないのか?
それとも、心の底から信頼しきっているのか!?
で、昼近くまで畑の仕事を少し手伝わされて、昼からはお守りと称した近所の探索。
ガキって元気だよなー。暑いのなんかものともしないで走り回ってやがる。
……琴音を引き連れて。
「琴音ちゃん、こっちこっち!」
「えっとねー、川で遊べるんだよー?」
「気持ちいいよっ」
「分かったから、そんなに引っ張らないでよ〜。急がなくても川は逃げないよ?」
笑顔でにこやかに接する琴音は、優しいお姉さん、という感じだ。
いつもとは全く違う口調。
その事に、何だか寂しい気持ちになるのは何故だろうか?
……あぁ、そうだ。
あの宣言をする前の琴音だ。
ああいう風に、琴音は普通の女の子と全く変わらない口調の女の子だった。
「琴音……」
夕方になって日が傾き、ようやく涼しくなってくると、遠くから祭囃子の音色が聞こえてくる。
「もう祭りが始まったか」
その事に俺は、琴音の姿を探す。
「琴音ー?祭り始まったみたいだぞー?」
だが、呼んでも琴音は一向に姿を見せない。
「……もしかして俺だけ置いて、皆で先に祭りに行った、とかはねぇよな?」
十分あり得る話だが、琴音は俺と一緒に行く約束をしたのだ。
それを違える事は絶対にないと断言できる。
だからまだ家の中にいるハズなんだが……。
「近君。こっちに来てくれる?」
と、伯母さんが俺を呼んだ。
そうして行ってみると。
「じゃーん!どうよ〜。可愛いでしょ?」
そこには、浴衣に身を包んだ琴音がいた。
元々、黙っていれば人形のように可愛らしい琴音。
そこに着物(浴衣だけど)とくれば、まるで日本人形のような美しさだ。
和服(浴衣だけど)美人とは琴音のような人物を指す言葉だと思えてならない。
そんな事を思って思わず見とれていると、じれったそうに伯母さんが言ってきた。
「もう、近君!彼女がこんなにおめかししてるんだから、感想とか言わないと!そんな甲斐性無しじゃ、すぐに嫌われちゃうわよ?」
「うっ……そ、その……」
そもそもその前に琴音とは本当は恋人同士じゃないし、とか。
ていうか、分かってて後ろでニヤニヤしてるんじゃねーよ、母親!とか。
ありきたりな言葉じゃ陳腐すぎて、逆に何て言えばいいのか分かんねーし、とか。
親とか親戚の前でそういう事言うのはマジで恥ずかしいんですけど、とか。
色々考えすぎて困っていると、琴音が俺の手を引いて歩き出した。
「弓近。お祭り始まってるんでしょ?早く行こ!」
「お、おう……」
「それじゃあ、行ってきます。浴衣、貸して頂いてありがとうございました」
「あら、いいのよ〜」
「行ってらっしゃい」
「近君、ちゃんとエスコートしてあげるのよ?」
伯母さん達に見送られ、俺と琴音はお祭りが行われている神社へと足を向けた。
その途中。
「……琴音」
「ん、何だ?」
「その……浴衣、スゲー似合ってる」
真正面切って言うのは何となく気恥ずかしかったので、俺はそっぽを向いてそう言った。
「……そうか。ふふっ……ありがとう」
その琴音の嬉しそうな声にそっと彼女の顔を見ると、はにかんだような笑みを浮べていて。
繋いだまま、何となく離せない琴音の手を、少しだけ強く握った。