八月に入ってお盆の時期になると、毎年弓近は家族で田舎の祖父母の家に数日間遊びに行くのだという。
幼い頃の私にとってそれは、少し羨ましい事だった。
なんせ、私の祖父母は父方も母方も近くに住んでいるのだから。
勿論、私が幼い頃は夏休みに家族で避暑地に出掛けていた。
だがここ数年はそれもない。
……まぁ、それは私自身が拒んだからに他ならないのだが。
似たような連中は似たような場所に集まる。
どこで嗅ぎ付けたかは知らないが、出先にまで現れる連中というのは時々いて。
偶然を装って親しくなろうと近付いてくる輩には辟易する。
それに祖父から会社を継いでから、父も忙しくなった。
家族で過ごす時間は確かに大切だが、それがどこかへ出掛ける事と同意義だとは思わない。
一緒の空間で過ごして、コミュニケーションを取るのであれば、家でも十分だろう。
普段忙しい分、休みの時くらい家でゆっくりと休養して欲しい。
何より、纏まった休みは普段の勉学の復習をするのにもってこいだしな。
今年は受験だし、ここでしっかりと総復習をしていれば、受験も安泰だろう。
午前中から勉強をしていた私は、少し一休みをする。
「さて……弓近は今頃、出掛ける準備でもしている頃かな」
カレンダーの日付を見て、そう呟く。
数日後に祖父母の家へ行くと聞いていたからだ。
「長期休暇は、少しつまらないな……」
私はそう言って、溜息を吐く。
長期休暇になると、パーティーが増えたりする、というのも面倒なのだが。
一番の問題はやはり弓近だ。
学校がある時は殆どの時間を一緒に過ごせるというのに。
毎日顔を合わせて声を聞く事も叶わなくなる。
だって、私はただの幼馴染だから。
流石に毎日押し掛ける理由がない。
……確かに、レトとニーニャを口実に弓近の家には行くぞ?
だが、毎日入り浸っては気を遣わせてしまうだろう。
「……流石に旅行前に押し掛けるのは迷惑だろうしなぁ……」
そうして机に突っ伏して、再び溜息を吐く。
「弓近……」
そんな折、私の元へ弓近が顔を出した。
顔を見たい、せめて声だけでも聞きたいと思っていた私にとって、それはとても嬉しい事で。
しかも弓近は、驚くべき話を持ってきた。
「ええと、どう話せばいいかな……今度俺が爺ちゃん家に遊びに行くのは知ってるよな?」
「ああ、それは聞いた。それがどうかしたのか?」
私が首を傾げると、弓近はとても言いにくそうに言う。
「うーんと、俺の親戚、男の方が多くてだな。で、今年は父親のお姉さんのトコが来ないらしいんだよ。従姉の姉ちゃんがそろそろ子供生まれそうだからって」
「それはおめでたいな」
「うん、それはめでたい。めでたいんだけど……女の従姉ってそこだけで。そこが来ないってなると、女手がいつもの半分になって」
……一体弓近は何を言いたいのだろうか?
「……それで?」
「男は皆、農業の手伝いで、っても俺は下の従弟達の面倒を見なくちゃならなくて……んで、男ばっか、しかも育ち盛りが多くて、特に食事の用意が大変らしくて……その」
「ハッキリ言え。だから何なんだ?」
「俺の母親が、手伝い要員として琴音に来てくれないかって……」
申し訳なさそうにそう言う弓近に、だが私は舞い上がりそうな程に嬉しかった。
それはつまり。
弓近と一緒に過ごせると、そういう事だろう?
「母親が言うには、琴音なら家事とかも得意だし、レトとニーニャも懐いてるし、って。あいつら車に乗るの嫌がって、いつも煩くて……という訳なんだけど……断って
いいからな?母親に頼まれた手前、一応聞きに来ただけだし」
そんなの。
断る理由がない。むしろ大歓迎だ。
「いいぞ、行っても」
そう即答するが、弓近は私が断ると思っていたらしく。
「やっぱりそうだよな、行く訳……え、今何て……」
そう言って聞き返してきた。
「行ってもいい、と言ったんだ。楽しそうだしな」
「で、でも、本当に手伝いするだけだぞ?色んなトコに案内も出来ないし……というか、田舎だから何にもないんだけど……」
「……弓近は、私が行くのは迷惑か……?」
何だか来て欲しくなさそうに言う弓近に、私は表情を曇らせる。
だが弓近は思い切り首を横に振った。
「い、いや、全然!迷惑なんかじゃない!むしろ嬉……いや、その……」
その事に私はホッとする。
「ならいいだろう?」
「……おう」
弓近のその返事に、私はニッコリと笑った。
弓近が帰った後、私は早速両親に許可をもらう。
反対されるかとも思ったが、一緒に行くのは弓近の家族。
すんなり許可してもらえた。
「楽しんでらっしゃい」
「迷惑を掛けないようにな」
「はいっ」
こうして予想外にも弓近の祖父母の田舎に一緒に行く事になって。
当日が待ち遠しかった。