弓近の祖父母の家へ一緒に行く日。
弓近の家に行くと、おば様とレトとニーニャが出迎えてくれた。
「おはよ、琴音ちゃん。いらっしゃい」
「おはようございます。今日から数日間、お世話になります」
そう言って頭を下げると、ニコニコとした笑顔で言われる。
「あらあら、いいのよ〜。それよりごめんなさいね?お手伝いなんかで呼んじゃって」
「いえ、特にこれといった用事もなかったので、楽しみです」
本当に。
行きたくもないパーティーなんかに行くより、こちらの方が余程有意義だ。
「そう言ってもらえると助かるわ〜。じゃ、琴音ちゃん、悪いんだけどこの子達連れて、先に車に乗っちゃって」
「はい」
足元にじゃれるように纏わり付くレトとニーニャを連れて車の所にいくと、弓近が荷物を車に積み込んでいた。
「おはよう、弓近」
「おう。おはよう、琴音。それ、荷物か?一緒に積むから貸して」
「ああ、ありがとう」
自分の荷物を手渡し、後部座席に乗ると、レトとニーニャに手招きする。
「レト、ニーニャ、おいで」
すると二匹はすぐに車の中に入ってきて。
……聞いていた話と違うな。
乗るの、全然嫌がらないじゃないか。
そうして大した問題もなく、車はスムーズに出発して。
最初は二匹とも少し私とじゃれていたが、今は大人しく夢の中。
そんな二匹の体を優しく撫でてやっていると、おば様に話し掛けられた。
「でも助かったわ〜。琴音ちゃんがいてくれたお蔭で、出発もスムーズだったし」
「そうですか」
「も〜これから家族でどこかに出掛ける時は、毎回琴音ちゃん誘っちゃおうかしら?」
おば様のその冗談に、私はそれこそ大歓迎だとも思ったが、流石に本気にする訳にもいかない。
控えめに笑うだけに止めておいた。
そうして着いた弓近の祖父母の家。
そこで私は、TVでしか見た事がないような、信じられない光景を見た。
チャイムも鳴らさず、人の家――おじ様にとっては実家だろうが――の玄関を遠慮なく勝手に開けて。
というか。
玄関に鍵は?
いくら田舎とはいえ、不用心すぎやしないか……?
「兄さーん!着いたよー」
しかも信じられない事に、家の人が出てくる前に平気で上がり込んで。
……いいのだろうか?
それとも、これが普通……?
「お邪魔しまーす」
そうするとようやく奥から、家の人が出迎えに来てくれた。
弓近がこっそりと、伯母だと教えてくれる。
「あらあら、遠くから来て疲れたでしょう?今お茶でも……」
そう言いながら、彼女は私に視線を留めると首を傾げた。
それはそうだろう。私は初対面の赤の他人なのだから。
すぐに挨拶をしようとした私に、彼女は思いもよらなかった言葉を口にした。
「あら?あらあら?もしかして……近(ちか)君のお嫁さん!?」
「っ!」
「ちょっと待てーーーーー!」
すかさず弓近が待ったを掛けるが、私は内心とても動揺していた。
弓近の……お嫁さん?私が?
そう、見えるのか……?
いやいやいや。それは物凄く嬉しいし、むしろ大歓迎な誤解だが。
流石にちょっと飛躍しすぎてやいないか?
少なくとも、伯母ならば甥っ子である弓近がまだ高校生だという事は知っているだろう。
確かに弓近はもう結婚できる年ではあるけれども。
……恋人には見えないのかな……。
すると、今度はおば様までもがとんでもない事を言い出した。
「まだお嫁さんじゃないわよ〜。み・ら・い・の・お嫁さん♪」
「!?」
「オイコラ、ちょっと待てや」
弓近は母親の嘘に怒っているようだが、私は喜びに綻びそうになる表情を隠すので精一杯だ。
だって。
やはり好きな人の家族には気に入られたいから。
たとえそれが、付き合ってなかったとしても。
「何よぉ。彼女って事にしておいた方が、色々と都合がいいでしょ?」
「都合って何だよ」
「……誰かにモーション掛けられるかもしれないわよ」
「っ!」
こそこそとそう言う二人の会話を聞いて、おば様の意図が読めた。
そういえば、親戚は男ばかりだと言っていたな。
その辺りも踏まえて、私は弓近の伯母様に自己紹介をする。
「初めまして。弓近君の恋人の月羽矢琴音といいます。今日から数日、お世話になります」
笑みを浮べてペコリとお辞儀すれば、どうやら相手は好感を持ってくれたらしい。
「あらあら、ご丁寧にどうも。でも、近君にこんな可愛らしくてしっかりした彼女が出来るなんて……そうだわ、皆に早速知らせてこなくちゃ!」
そう言うと彼女はパタパタと奥へと引っ込んでしまった。
「じゃあ俺達は荷物でも置きに行くか」
おじ様のその一言で、奥の部屋の一室に荷物を置きに行く。
弓近の話では、いつもココに来た時に家族で寝てる部屋だそうだ。
「俺は父さんに挨拶にでも行こうかな」
「じゃあ私は台所でお茶の用意でもした方がいいかしら?お義姉さんは畑の方に行っちゃったみたいだし……弓近。あんたは琴音ちゃんに家の中でも案内してあげたら?」
荷物を置いた後、そうしてあっという間に弓近と二人きりにされた。
「……ごめんな。その、嘘吐かせて」
申し訳なさそうにそう言う弓近に、私は首を横に振る。
別に私は気にしないのに。
むしろ、一時の嘘でも、弓近と恋人同士でいられるのなら……。
「……いいさ。ここは学校じゃないんだ。あの宣言を知らない人間にもし告白されたら、厄介だからな」
そう言うと、私の体は自然に動いていた。
「こ、琴音っ!?」
急に私が抱き付いた事で、弓近が慌てたような声を出す。
だが私はそのまま、静かに言う。
「……ココにいる間は、恋人同士らしくしないとな」
今だけ。
ここに滞在している間だけでいい。
夢を、見させて。
「そう、だな……」
私の願いが通じたのか、弓近はそう言ってそっと抱き締めてくれた。
思っていたよりも、広い胸板。逞しい腕。
こうして弓近に抱き締められる事を、どんなに願ったか分からない。
このまま、時が止まってしまえばいいのにとさえ思う。
一時とはいえ、思いがけずなれた“弓近の彼女”という立場。
今だけは、自分の置かれている状況だとか未来だとかを忘れて。
この幸せに浸っていたい。
……そう思って、泣きそうになった。