その後は弓近の親戚に囲まれて、少し戸惑った。
 わざわざ仕事の手を休めてまで、弓近の彼女――つまり私を見に来たというのだから。
「何年生?近と同い年?」
「な、近とどこで知り合ったの?」
「近のどこが好き?」
 しかも大勢に囲まれて質問攻め。
「え、えっと……」

 正直に話してもいいのだが、それはそれで少し不味い。
 弓近がいない所ならまだしも、本人の目の前で私の本心を言う訳にもいかない。
 なんせ、私が弓近を好きだという事は、弓近本人は知らないのだから。

「はーい、そこまで!さぁ琴音ちゃん。おばさん達のお手伝いしてくれるかしら?」
「ええ」
 そこで丁度助け舟が出されて、私は台所へ避難。
 まぁ、元々手伝い要員で、という事だった訳だし、自然な流れで抜け出せてよかった。

 それにしても。
 弓近の従兄弟って、本当に男ばかりなんだな。
 それに、“近”っていうのが愛称なのか……。
 ……私もそう呼んでみたいなぁ……。

 そう考えていたのも束の間、今度は伯母様方からの質問攻め。
 これには、唯一弓近と私が恋人同士ではないと知っているおば様がフォローして下さった。


 そうして夕食時。
 大人達は酒も入って、まるで宴会のような盛り上がりだ。
「もう。近君、本当にいい子捕まえたわよね〜。若いのに包丁の扱いもしっかりしてるし、お茶の淹れ方も上手いし、いっその事、ウチのお嫁に欲しいわ〜」
「ねぇ?その上美人だし……言う事ないじゃない。羨ましいわぁ」
「あら〜運が良かったのよぉ。琴音ちゃんが幼馴染じゃなかったら……」
「でも本当、今時の若い子には中々いないだろう、あんな器量良しは」
「大和撫子っていう言葉がピッタリくるよなぁ」

 ……こんなに優しく、良い人達を騙している事に、多少の罪悪感を覚える。

「そんで?近のひ孫の顔はいつ見れるんじゃ?」

 ……お爺様、すみません。流石にそのご期待に沿う事はできないと思います。

 大人達の会話が時々耳に入ってくる一方で、私は弓近の従兄弟達に囲まれていて。
「ねぇねぇ琴音ちゃん、お酒はいける口?」
「ってかさ、近はやめてどう?農家に嫁ぐ気はない?琴音ちゃんなら大歓迎!」
「何言ってんだよー。今は年下の方が人気なんだぜ?なぁ、近兄よりも俺の方がお薦めだぜ!」
「あ、ずりー!俺も俺も!」
「琴音ちゃん、帰る時に一緒にウチにおいでよー」

 ……流石に学校と違って相手は弓近の従兄弟。どうあしらったものか……。
 取り敢えず未成年の為、お酒は謹んで辞退させてもらおう。
 プロポーズまがいの言葉も冗談として受け取って。
 ……小さい子達は逆に厄介だな。下手に了承すれば、本気にしかねないし……。

 そう困っていると、本日二度目の助け舟。
「琴音が困ってるだろーが!いい加減、離れやがれ!ほら、散れ散れっ」
 ……やはり私は、弓近が一番いい。
「おー彼氏のご登場ーってか?」
「ひゅーひゅー」
「なぁなぁ近兄ー。琴音ちゃん俺達に頂戴ー?」
「モノじゃねぇっ!」
「なんだよ、ケチー」
 だが多勢に無勢で苦戦している。
 そう思って苦笑していたら、弓近に手を取られて立ち上がらせられた。
「……琴音、行くぞ」
 後ろから野次が飛ぶのが聞こえるが、弓近は無視を決め込んでいるのか完全にスルーし、その場から離れる。


 そうして皆から離れた所で、縁側に並んで腰掛けた。
「ごめんな、何か色々……」
 弓近は申し訳なさそうに謝ってくるが、そんなの全然必要ない。
「……いや?中々経験できない事だからな。楽しい」
「そっか」
 暫く無言が続き、どうしようかと思ってふと空を見上げると、そこには満天の星空。
 その事に私は思わず感嘆の声を上げる。
「わ…ぁ!凄いぞ、弓近。見てみろ!」
 よく宝石を散りばめたような、と表現されるが、そんな陳腐な言葉じゃ言い表せないくらいの迫力だ。
「綺麗だな……中々見られないぞ、こんな星空は」
「ま、田舎だからな。明かりが少ないって事もあるんだろうけど……」
「……生徒会の夏合宿で行く所よりも、星が綺麗に見える気がする」
「ははっ。こっちの方がより田舎だからな。冬だともっと綺麗だぞ?空気も澄んでて」
「いいな。見てみたい」

 ……思わず、本音が出た。
 移ろい行く季節の星空を、これから先、何度もこうして弓近と並んで見上げられたらどんなにいいか。
 心穏やかに、嫌な事を何も考えずに。

 遠くで賑わう弓近の親戚達の声と、近くで聞こえる虫の声。
 穏やかに流れる時間。
 隣にいるのは、大好きな人。
 周りも皆、祝福してくれていて。
 ……いつまでもここに居たくなる。

 でもそれはまやかし。
 偽りの上に成り立つ、幻想。
 一時の夢。
 ならば。

「弓近」

 せめて今、ここにいる間だけ。

「な、何だ?」
「明日、この近くの神社でお祭りがあるんだろう?さっき、皆から聞いた。一緒に行こう?」

 仮初めの恋人同士でいられるこの時だけは、心から楽しもう。

「あー……あそこのお祭り、明日だったのか……そうだな。一緒に行こうか」
「楽しみだなっ」


 私は、この一時の思い出を糧に、一生生きていく。
 ……弓近ではない、相手と。