「……現状を確認してくる」
「え、琴音先輩っ!?」
 慌てるような太陽の声が聞こえたが、構わず私もその場から離れる。
 今はとにかく、一人で気持ちの整理を付ける時間が欲しかったから。


 食堂を出て、事務室へ行く途中にある階段の陰。
 意外に見つからない、死角の場所。
 そこで一人、息を吐く。
「弓近に、ついに知られてしまったか……」
 あるのはただ、虚脱感のみ。
 きっと私は、弓近に嫌われてしまったから。

 私が話さなかったのは確かに私自身の都合だ。
 幼馴染だからといって、何もかも包み隠さず話す、という訳にはいかないだろう。
 誰だって、秘密の一つや二つは抱えているものだ。
 それでもその事に、隠し事をされた、裏切られた、と感じ、私の事を嫌いになる可能性はあるから。

 だけど。
 もしかしたら、ただ単に私が話さなかった事を怒るだけかもしれない、という期待はある。
 弓近は優しいから。
 誰かを嫌いになる事はない……そういう人間だ。
 そういう意味では、私は弓近を酷く傷付けてしまったのかもしれない。

「弓近は……私の事をどう思っていたんだろうな……」
 そう呟いて、私は溜息を吐く。

 あそこで弓近が何の反応も示さなかったら、私は酷く傷付いて落ち込んでいただろう。
 “それなら仕方ないな”なんて言われた日には、その場で泣いていたかもしれない。
 だってそれは。
 私の事をただの幼馴染としか思っていないという事だから。

 だけど。
 弓近のあの反応は。

「少しくらいは、私の事を好きでいてくれたのかな……」

 もう、遅いけれど。
 いや、最初からどうする事もできないのだから……。

 考える程に、頭の中がぐちゃぐちゃになって。
 もう溜息しか出てこない。

「……仕事、しなくてはな」

 溜息を吐くと幸せが逃げるというけれど。
 幸せなんて、私は最初から持っていないのと同じだ。

 そう思いながら私は、各中継地点を担当している先生方に内線電話で状況を確認する為、事務室へ向かう。
 そうして平静を装って食堂に戻って。
 トップチームがゴールしたのはそれから数分後の事だった。


 それから数日。
 私は弓近とまともに話をする機会がなかった。
 別に、弓近が私を避けていた、という事ではなく。
 本当にそんな暇がなかったのだ。

 ハロウィン企画終了後は、そのまま翌日から始まる文化祭に向けての最終準備。
 翌日からは文化祭の裏方。
 生徒会役員は色々な場に駆り出され、休む暇もないのだから。

 文化祭が高等部だけの行事であれば、さしたる問題はなかっただろう。
 だが月羽矢学園の文化祭“月羽矢祭”は初等部・中等部と合同で、学園全体を上げての行事。
 しかも公開行事なので、外来客も多い。
 当然、起こるトラブルも一つや二つではなく。
 手が空いたかと思えばすぐに次、とばかりに起こるトラブルの数々を迅速に処理する為、生徒会及び実行委員の面々は走り回っているのだ。

 まぁ、今の状況では逆に忙しいのは有難い。
 覚悟しているとはいえ、やはり面と向かって話すのは怖いから。
 もし弓近に嫌われていたら、と思うと、余計に。


 結局の所、私はただ逃げているだけなのかもしれない。
 現実から、将来から――自分自身から。