結局、文化祭中は話はおろか、顔をまともに合わせる事も少なく。
その次の日は、文化祭の振り替え休日で学校は休みで。
通常授業に戻る休み明けの今日。
「……弓近にどう接すればいいんだろうか……」
家を出る間際まで、私はずっと悩んでいた。
文化祭中は、忙しさを理由に考えるのをすっぱりと止めて。
休みだった昨日一日、ずっと弓近との事を悩んで、悩んで、悩み抜いて。
結局答えは出なかった。
いつも通り?それとも距離を置く?
ちょっとワザとらしく余所余所しい態度で?
考えた所で、実際に逢ってみないと分からないし。
それに何より。
「弓近はどういう態度を取るんだろうな……」
そもそも、弓近があの話に対してどう思ったのかが分からない。
取り敢えずあの場では平静を装ったが、それは他の生徒会メンバーもいたからで。
それはきっと弓近も同じだろう。
……実際問題、情報交換とかの呼び出しとかになったら、弓近には傍にいてもらわないと困る。
それに、いつも隣にいる弓近が急に私から離れているのを見たら、周りの生徒達が不審に思うだろうし。
だからって今まで通りにしろ、と弓近に言うのは酷だ。
傍にいて欲しいのは私のエゴで、弓近の意思ではない。
だから弓近が私と距離を置きたいと言うのであれば、私にはそれを止める権利はない訳で……。
「なるようにしかならないか……」
弓近の心が分からない以上、結局はそういった結論しか出せず。
私は深く溜息を付いた。
なのに。
「おはよう、琴音」
「お、はよう……」
「文化祭忙しかったよなー。後は事後処理したら生徒会の仕事も終わりか」
「そう、だな……」
弓近は全くもっていつも通りで。
まるで、あの時のやりとりは夢だったんじゃないかと錯覚する程、気まずさも余所余所しさもなくて。
少なくとも、今までとまるきり同じではいられないだろう、と思っていただけに、拍子抜けだ。
「琴音?どっか調子でも悪いのか?」
「あ、いや……」
「まぁ、一昨日まであれだけ忙しかったんだし、まだちょっと疲れてるんだろ」
「……そうかもな」
いつも通りの笑顔。
いつも通りの接し方。
弓近は何も変わらない。
「……そういえばさー。理事長っていっつも学校にいる訳じゃないよな」
「あ?ああ、一応月羽矢グループの総帥だからな」
「でも学校行事の時は絶対いるよな」
「それはそうだろう。元々月羽矢は学校経営から始まったんだし、あんな大きな行事に理事長不在では何かあった時の対処に困るだろう」
「じゃあさ、俺達生徒会みたいに事後処理も大変そうだよな」
「当たり前だ。少なくとも今日は一日中、学校にいるだろうな。……どうしてそんな事を聞く?」
「だって理事長って琴音の親父さんじゃん。親子で学校行事の事後処理ってある意味すげーなって思って」
笑ってそう言う弓近に、私は苦笑する。
「そうだな。親子でそういう事をしているのは、珍しいだろうな」
「だろ?……そうだ。話変えるけど、俺、今日の昼休みはちょっと用事があってさ」
「用事?何のだ」
「大した事じゃないんだけど、前に提出し忘れたプリントを今日の昼までに出せって言われてて、まだちょっと書いてなくて」
「……そんなもの、あったか?」
全く憶えのない事に、首を傾げる。
「だからそもそもの提出期限がかなり前なんだって。文化祭中に先生に言われて思い出してさ」
「……そうか。提出物を忘れるなんて、お前にしては珍しいな」
「いやー、ついうっかりね」
腑に落ちない点は多々あったが、それらが何を意味しているのか考える余裕は、今の私にはなかった。
何故なら、思考の大部分を別の事が占めていたから。
一日中悩んでいた私が馬鹿みたいだ。
結局の所、弓近は私の事など何とも思っていなくて。
あの時はただ単に想像もしていなかった事に驚いて混乱していただけで。
時間が経って、状況が飲み込めさえすれば、何でもない話。
きっと弓近にとっては、“そうなんだ”で終わる話。
それはつまり。
本当に“ただの幼馴染”としか思っていないという事。