人気のない場所まで走ってきた所で、周りに人がいないのを確認して歩調を緩める。
 そうして、先程からずっと我慢していた笑い声を出す。
「ははっ!見たか?皆の顔。傑作だったな」
「……心臓に悪い」

 その場にいた全員が同じように唖然としている様子なんて、中々見れるものじゃない。
 本当に傑作だった。できれば写真に撮りたかったくらいだ。
 その後の反応は……まぁ、見なくても予想はつく。
 あの場にいたら質問攻めだな。

 そう考えていて、私はふと思い付く。
「なぁ。最後にもう一度、校内を見て回らないか?」
 私は笑顔で、弓近にそう提案した。


 校内はとても静かだった。
 多分、大半の生徒はもう帰ったか、今も外で最後の別れを惜しんでいるのだろう。
 普段とは違いシーンと静まり返った廊下に、私は在校中にやってみたかった事を言う。
「弓近。どうせなら、手を繋がないか?」
「手を……?」

「折角なんだし、最後くらい恋人同士らしく手を繋いで校内を歩いてみたい」

 すると弓近は、少し顔を赤くしてそっぽを向くと、そっと手を絡めてきた。
 ちゃんと、指を絡めた恋人繋ぎで。
 言わなくても分かってくれた弓近に、私は肩を寄せる。
「……ありがとう」
「……おう」
 その声はいつもとは違ってぶっきらぼうだったけれど。
 ただの照れ隠しだ。
 その事に私は、こっそりと笑った。


 校内の至る所に、様々な思い出がある。
 この校舎で過ごした三年間が、まるで昨日の事のように思い出せる。
「……色々あったな」
「ああ。……初等部や中等部の時も、こうやって校内を歩けばよかったかな」
「同じ敷地内だしいつでも行ける、という思いがあったからな。事実、生徒会関係の用事で何度か向こうの棟にも顔は出してる訳だし」
「行く度に懐かしかったよな」
 そんな他愛もない話をしながら、それぞれの場所にちなんだ思い出話が次々と出てくる。
 が。
「……なんか、至る所に琴音が告白されてた思い出がある気がするんだが」
 弓近の指摘に、私は眉を寄せる。
「仕方ないだろう。あの宣言をしてもなお、無謀な輩が後を絶たなかったんだから」
「ある意味チャレンジャーだよな……人前で告白って」
「そういう意味合いでは、お前より度胸があったんだろうな」
 試しにちょっとそう言ってみると、弓近は少しムッとしながら言う。
「……俺はお前の隣にいたかったんだよ」
「うん、そうだな。……私もお前が隣にいてくれるのが嬉しかった」
「そうか」
 ふいに、弓近が繋いだ手にそっと力を入れてきて。
 私もその手をぎゅっと握り返した。


 そうして最後に訪れたのは、生徒会室。
 一番の思い出の場所だ。
「ここにも沢山思い出があるよな」
 何かあると、すぐに弓近を伴ってここに来ていたから。
「ああ。特に最後の半年の任期は楽しかったな」
「太陽達な。あいつらもちゃんとやってるみたいで安心した」
「今日の送辞は大変だったみたいだけどな」
「流石に普段通りに喋る訳にはいかなかっただろうからな」
 二人で笑いながら生徒会室の扉を開けた。
 その時。

 パーン!

「ッ!?」
 いきなり鳴った派手な音に思わず目を瞑り、一体何事かと思った。
「ご卒業、おめでとーございまーす!」
 そう言った太陽の声に目を開けると、その手にはクラッカー。
 今のはクラッカーの音だったのかと遅ればせながら判断して、頭にかかっているテープを取る。
 すると満月と星が花束を差し出してきた。
「これ、お二人に」
「俺達からの卒業祝いです」
 私達はそれをそれぞれ受け取って。
「……驚いたぞ。どうして私達がここに来ると分かった?」
 疑問を投げかけると、太陽がニッと笑って言う。
「いや、ホンマは外で渡そ思っとったんですけどね?そしたらいきなり婚約者宣言して二人でどっか行ってまうし。慌てて捜したんですわ」
 ……どうやらあの騒動の中に三人共いたらしい。
 満月も星もコクコクと頷いてるから。
「そしたら校内を手ぇ繋いで仲良ぉ歩いとる二人を発見しまして。最後に色々見て回っとるんやったら、ココにも絶対来るんやないかと」
「お二人の邪魔しても、悪いかなって思って……」
「……それはかなり気を遣わせたみたいだな」
 誰にも見られていないと思っていたのに……油断した。

「それにしても……さっき言ってた事、ホンマなんですか?琴音先輩の親っちゅー事は、ココの理事長やないですか」
「いつの間にそういう話になったんですか?」
「少なくとも、文化祭以降、ですよね」
 興味深々に聞いてくる三人に、弓近が苦笑しながら言う。
「……ハロウィン祭の時の太陽の疑問のお蔭だよ」
「お、俺の?せやかて、あの時は……」
「あの後、文化祭後に理事長に直談判しに行った」
 弓近の言葉に、案の定三人は唖然とした。
 それは当然だろう。私だって驚いたんだから。
「直談判て……」
「そうだ。こいつは私に何の相談もなく父に直談判して、私はそれを父から聞かされたんだぞ?全く……」
 その時の事を思い出して、自然と仏頂面になってしまう。
「よく、理事長が許しましたね……」
「といっても、条件付なんだけどな。だから本当は婚約者(仮)なんだ」
「条件、ですか」
「そう。まずは志望大学に受かる事。そうしてちゃんと卒業する事。在学中に留学してMBA取得すればなお良し」
「私も弓近も、志望大学は世間では一流と呼ばれるような大学だったからな。ようは家柄を凌ぐような学歴があればいい、という事だ」
「月羽矢グループは元々、能力主義みたいなトコがあるからな。琴音のお爺さんもそうだったんだろ?」
「ああ。確か昔、向日から圧力を掛けられて就職に困っていた人を、“圧力なんか関係ない。仕事が出来る所を見せてみろ”と言って雇った事もあるらしい」
「そうじゃなきゃ、俺なんて門前払いだろうな……」
 思わず遠い目をした弓近に、太陽の明るい声が掛けられる。
「せやけど、よかったやないですか!これで晴れて両想いっちゅー事で!」
「こいつ、ハロウィン祭の後から暫く、“余計な事言った”ってずっと落ち込んでたんですよ」
「星っ、余計な事言うなやっ」

 余計な事、か。
 そのお蔭で私達はちゃんとお互いの想いが通じたのだから、世の中、何がどう転ぶか分からないな。

「ありがとな、太陽、星」
 弓近が笑ってそう言う横で、私も自然と微笑んだ。