時々私は、牽制の意も込めて大勢の前で言う事がある。

「なぁ、弓近。今日、お前の家に行ってもいいか?」

 この“家に行ってもいいか”発言をすると、途端に数々の視線が私と弓近に注がれる。
 興味、冷淡、好奇……実に様々な視線が。
 誤解はされると思うが、それが目的。
 もしかして……と私と弓近の仲が疑われれば、もしそれが噂になれば、多少は告白してくる輩も減るだろうと考えて。
 ま、弓近にとっては迷惑な事この上ないかもしれないが……噂だけでも一緒になりたいという、私の身勝手な願望。
 本当に、私は自身のエゴだけで弓近を縛り付ける卑怯な人間だと、もう何度思った事だろう。
 だが、それもあと少しだけ。

「……琴音。せめてレトとニーニャに逢いたいと、そう言ってくれ……」
 脱力しながらそう言う弓近は、すぐに優しい笑顔に変わる。
「レトもニーニャもお前が来ると喜ぶからな」
「そうか。楽しみだな」
 そう話していると、一人のクラスメイトが質問してきた。
「あの、さ。レトとニーニャって……?」
「弓近の家の犬と猫だ」
 私がそう答えると、周りからは“なんだ、そうなのか”といった雰囲気が漂ってくる。
 ……牽制はとしての効力は半減するだろうが、答えない訳にもいかないしな。
「何かネーミングセンスに違いが……」
「それはそうだろう。ニーニャというのは私が名付けた」
「レトは俺。ゴールデンレトリーバーだから、レト」
「単純だろう?全く……」
 ペットというのは家族の一員でもあるんだ。
 その家族に安易な名前を付けるなんて、そこら辺は弓近の感性を疑う。

 元々、弓近の家で飼ってたのはレト一匹だった。
 確か初等部の四・五年の時だったか。私と弓近の二人で子猫を拾ってしまい。
 私は自分で飼いたいと言ったのだが、なにせ母親は動物アレルギー。とても飼える状況ではなく。
 だからといって、再び捨てるのも可哀相だ。
 何より、一度拾った以上、最後まで責任を持つのは当然だろう。
 そこで飼い主を探そうとした所、弓近が両親を説得して、引き取ってくれたのだ。
 レトもまだ子犬だったし、一緒に飼うのは適した時期だったようだ。

 とはいえ、弓近に任せっぱなしも悪い。だって、二人で拾ったんだから。
 毎日のよう弓近の家に行って世話をしたり、自分の小遣いの中から餌代を出したりもして。
 まぁ、それがきっかけでレトとも仲良くなったのだ。
 今は帰りが遅くなる関係上、毎日のようにとはいかなくなったが、それでも生徒会がない日などは極力寄るようにしている。


 そうして放課後。
 弓近の家の玄関のドアを開けると、レトもニーニャも大抵そこで待っている。
 きっと匂いで判るのだろう。誰が来たか。
「レト!ニーニャ!」
 だから私はすぐにそう言ってしゃがみ、両手を広げる。
 すると二匹とも、嬉しそうに飛び付いてくるんだ。
「ははっ、元気だったか〜?」
 いつ見ても本当に可愛い。
 犬や猫の年齢は人の四倍だそうだから、もう結構な歳だと思うんだがな。
「くすぐったいって!コラ、やーめー」
 甘えるような二匹に顔中を舐められるが、気にならない。
 顔なんて後で洗えばいい事だし、折角私に懐いて、愛情表現をしてくれているんだから。

 暫くそうしていると、後ろから声がした。
「琴音。俺、中に入れねぇんだけど……?」
 気付くと玄関のど真ん中を塞いでいて、弓近は未だにドアの外で突っ立ってる状態。
 しまった。
 思えばレトとニーニャに会ったのも結構久し振りだったから、つい。
「あ、悪い」


 レトとニーニャと遊びながら、弓近がこちらをずっと見ているのを感じていると、思わず錯覚しそうになる。
 “ペットと遊ぶ奥さんを、優しく見守る旦那”。そんな構図を思い浮かべて。

 暫く遊んで、二匹に別れを惜しまれながら弓近の家を後にする時、いつも思う。

 いいなぁ、レトとニーニャは。
 ずっと弓近の傍にいられて。可愛がってもらえて。

「いっそ、ペットとして生まれてたら良かったのかな……」
 ……ネーミングセンスのない名前を付けられるのには抵抗があるがな。