パーティ。
それは私にとってある種、拷問に近い空間。
確か、月羽矢グループ取引先の会社社長子息の婚約披露パーティー……だったか。
おめでたい席、という事で出席を余儀なくされた私は、ドレスに着替えながら重い溜息を吐いた。
「……行きたくない」
そう呟いた所で、先方から“是非に”と招待された以上、行かない訳にもいくまい。
行かなければ相手の印象が悪くなるし、人脈は広げておくに越した事はない。
何より、我儘を言えばそれだけ父にも迷惑が掛かる。
当の父は“無理をする事はない”と言うが、私にだって分かっている。父は断りきれないパーティーの話しか持って来ない。
できれば普通に育って欲しいと、大人達の汚い策略から守ろうと、なるべくそういう場に私を関わらせないようにしていると。
だから、父が話を持ってきた以上、私は参加せざるを得ないと割り切っている。
なるべく目立たぬよう、露出控えめの紺のドレス。
胸元のギャザーは切り替えしになっていて、バックはレースアップで殆ど開いていない。スカート部は着丈長めのエンパイアライン。それに薄い色のショールを合わせて、
左肩より少し下の位置にポイントでコサージュを付けている。
化粧も軽くしかしていないし、髪も殆ど弄らずにそのまま。
その気がないのに派手にしてもしょうがないだろう。
本音としては、壁の花になっていたいくらいだ。
だが訪れたパーティでは、そんな私の気持ちなどお構い無しに、ひっきりなしに声を掛けられる。
父や母と一緒に行動している時は、そうでもなかったりするのだが。
二人と離れると、途端に周りに人が群がってくる。
私の場合、パートナーがいないから余計に声を掛けられやすいのだ。
例えば今、隣に弓近がいればどれだけいいか……。
弓近がいないのは仕方のない事だし、声を掛けられるのが嫌なら二人から離れなければいいだけの話なのだが、そうもいかない。
パーティーでさえも仕事の話をする輩はいるし、母は母で、婦人同士の付き合いもある。
そうなると残されるのは、親に付いてきた良家の子息子女達。
未成年の内から平気でアルコールを飲み、親の身分だけで偉そうにしている勘違い達。
勿論、中にはそうでない者もいるが、どちらかというとそれは少数に分類されてしまう。
パーティーで一番煩わしいのは、ここは学校と違う、という所だ。
つまり、あの宣言が全く意味を成さない。
それはそうだろう。相手はそもそも、宣言すら知らない連中ばかりなのだから。
だから無視をする事も、無碍に扱う事もできない。
声を掛けられたら答えなければならないし、それをしなければ後々面倒だ。
それに、元々こういう場にあまり出席しない事がかえってあだになっている場合も多い。
「へぇ。君があの月羽矢グループの……あまりこういった場には出てこない事で有名だから、今日はお会いできて光栄だな」
「私はまだ学生の身ですから」
相手が二十歳過ぎなら、まだそう言ってすり抜けられる。
もし同じ学生なら、生徒会業務が忙しいからとでも言うだけだが。
「そう。ではお近付きの印に、どうぞ」
学生だと言ったにも関わらず、相手が当然のように差し出したのはアルコールの飲み物。
その事に辟易しながらもやんわりと断る。
「すみません。アルコールは苦手なので」
「では別の物を」
そのまま引き下がってくれたらどんなにいいか……。
そう思いながらも顔には出さない。
基本、こういった場は腹の探り合いでもあったりするから、皆常に笑顔だ。
表面に貼り付けただけの笑顔に、何の価値もないというのに。
「どうかな。コレも何かの縁だし、お付き合いをしてみるというのは」
「……申し訳ありませんが、結婚を前提としたお付き合いしかしない事にしているんです」
「僕はそれでも構わないけれど」
「それに関しても申し訳ありません。私にその決定権はありませんもの」
「というと?」
「私のお相手は父に一任していますの。何せ、月羽矢グループの将来に関わる事ですから」
「会社を任せられる人物、という事か。月羽矢の後継者が貴女一人である以上、然るべき相手を選ぶのは道理ですからね」
「ええ」
こういった話は、嫌でも思い知らされる。
女の私では、それだけで会社を継ぐ器と認められない事。
然るべき相手……月羽矢の名に相応しい家柄の者でなければ、周りが納得しないだろうという事。
昔は自分が会社を継ぐ気でいた。
それが当然だと思っていたし、その為に勉学も頑張った。
だが成長して、それなりの回数パーティーに出席して理解した。
この世界ではまだまだ、女は認められていないという事。
そうして、結婚相手は恋愛感情ではなく。
家柄で選ぶのが常識だという事。
兄弟がいればまだ、家を継がない者は自由に相手を選べるようだが。
それでもいい顔はされない。
まして私は一人娘。
自由な結婚は望めない。
パーティが終わり、自室に戻ってようやく気を抜く事ができる。
「弓近……」
パーティーの間中、ずっと思い描いていたのは、決して叶わぬ未来。
決して作り物なんかじゃない、本当の笑顔を向けてくれる弓近との。
「……こんなにも、お前の事が好きなのにな……」
そうして少しだけ声を殺して泣いて。
パーティーの後はいつもそうだ。
悲しい現実を思い知らされるから。
ひとしきりの間そうして、深く息を吐くと気持ちを切り替える。
「……そうか。もうすぐ新しい生徒会の発足日か……」
――夏はもう、すぐそこまで来ている。