俺が連れてきたのは、近くに河原と田んぼがある辺り。
「ここ……?何もないみたいだが……」
「よく見てみろって。茂みの辺りとか」
「……?」
 俺がそう言うと、琴音は少し体を乗り出す。
 そうして暫くすると。
「あ……もしかして、アレか……?」
 どうやら琴音は気付いたようだ。

 暗闇に浮かぶ、蛍の淡い光に。

「この時期になると毎年、この辺りで見られるんだ」
「そうか……蛍を見たのは初めてだ。綺麗だな……」
 幻想的な光景に、うっとりとしているようなその声音に、俺はやっぱり連れてきてよかったと思う。

 満天の星空にも感動してたからな。
 絶対に喜ぶと思ったんだ。

「弓近……ありがとう」
「おう」


 そうして暫く、二人で蛍達が織り成す光の軌跡を眺めて。
 爺ちゃん家へと戻った。
 家の前まで来た所で、琴音が下ろすように言う。
「流石におんぶのまま家に上がれば、余計な心配を掛けるだろう」
「そうだな」
 あと数メートルぐらいの距離なら、多少の痛みはあっても皮が捲れたりする事はないだろう。
 家の中では裸足だしな。
 そうして家に入って。

 その日の夜は、前日の寝不足や昼間の疲れもあってか、隣に琴音が寝てるというのに俺はぐっすり眠り込んだ。


 そうして次の日の昼過ぎ、家に帰る時。
「三日間、お世話になりました」
「あらあら、ご丁寧にどうも。琴音ちゃんもまた近君と一緒に来て頂戴ね?」
「はい。機会があれば、また」
「なんなら琴音ちゃんだけで遊びに来てもいいからね〜」
「ありがとうございます」
「近〜。嫌われないようにしろよ〜」
「はいはい」
「そうそう。愛想つかされるとしたら、どう考えても近の方だよな」
「うるせー」
「こんなんだけど、見放さないでやってね?」
「いい加減にしろっ」
 琴音はどうやら、完全に俺の親戚全員に気に入られたらしい。

 それはいい事なんだが。
 ……いちいち俺をからかうのは止めてくれ。
 というか。
 本当は付き合ってないって知ったら、やっぱりがっかりするんだろうな。
 騙してる事になるんだし……。

 そんな俺の耳に。
「はい」
 くすくす笑いながら返事をする琴音の声が聞こえた。

 琴音はどう思ってるんだろうか?
 そんな風に返事をして。


 車の中では相変わらず、レトとニーニャが琴音に懐いていて。
 爺ちゃん家では皆に可愛がられてたけど……やっぱり琴音と一緒にいるのが一番嬉しそうだな、おい。

 そうして家に着くと、レトの散歩がてら、琴音を家まで送っていく。
「……いい人達だったな」
「俺の親戚?……騒がしかっただろ」
「いいや、楽しかった」
「そっか」
 そうして暫し、無言が続く。

「また……機会があったら……」
 ぼそっと呟くように言った琴音の言葉を、俺は聞き逃して聞き返す。
「ん?何?」
「……何でもない。そうだ、夏休みの課題は進んでるか?」
「当たり前じゃん」
 わざと話題を変えたような雰囲気の琴音に、だが俺は聞き直せなかった。

 触れてはならない。
 そんな話になる気がして。