「せや、琴音先輩。ちょお気になってた事があるんですけど」
「ん、何だ?」
「先輩の宣言ありますやんか。“誰とも友人以上にならない”っちゅうヤツ。あれって、在学中だけの話なんでっか?」
太陽のその質問に、その場にいた全員が首を傾げる。
「どういう意味だ?」
「せやから、高校卒業したらどないするんかなー思って。ほら、月羽矢には大学部はあらへんし、宣言も無効になるんちゃうかなって」
宣言の無効。
その言葉に俺は、目を瞠る。
そうだ。考えもしなかった。
大学に行けば、琴音の宣言を知る者は殆どいなくなるだろう。
何せ、俺も琴音もかなりレベルの高い大学を志望校にしているのだ。
同じ大学を志望校にしている奴は恐らく、殆どいないだろう。
それならば、宣言は無効も同じだ。
それを知る者がいなくなるのだから。
だから、新たに琴音が宣言をしない限り、俺にもようやくチャンスが巡ってくるって事で……。
太陽も同じ事を考えて、俺の為に聞いてくれたのだろう。
だが、琴音の口から出た言葉は、そんな俺の淡い期待を儚くも無残に打ち砕く物だった。
「……大学生になったら私は、親の決めた相手と見合いして婚約する事になっている」
静かに語られたその言葉に、俺は息を止めた。
俺だけじゃない。その場にいた全員が絶句して。
その中で最初に口を開いたのは太陽だ。
「な……そんな、冗談でっしゃろ?今時、親の決めた相手て……」
「考えてもみろ。私の父は月羽矢学園理事長であると同時に、月羽矢グループの総帥でもある。そうして私の夫となる人間は、将来父の後を継ぎ、月羽矢グループを
背負って立つ人物、という事になる。それなりの相手と結婚するのは当然だろう」
それがさも普通の事だと言わんばかりの琴音に、満月ちゃんが抗議の声を上げた。
「で、でも!そんなのおかしいです!それじゃあ琴音先輩の意思はどうなるんですか!?」
「私の意思も何も、昔からそれが私にとっては当たり前の事柄だ。現に今も、様々な所から私に見合いの話がきている。恐らくはその内の何人かを、
もう既に婚約者候補に挙げている事だろう」
「琴音先輩は……それで納得しているんですか?」
星の質問に、だが琴音は僅かに目を伏せて頷いた。
「……ああ。勿論だ」
俺は、何も言葉が出てこなかった。
一番近くにいたのに。
そのハズなのに。
そんな事、一度も聞いた事がなかった。
聞かされなかった。
勿論、それは琴音自身の問題だからと言われれば、それまでだろう。
だけど俺は、言い表しようのない感情に囚われていた。
なんで何も言ってくれなかった?
俺は琴音にとって、なんなんだ?
一番近くにいると思っていたのに……それすらも、思い違いだったのか?
次第に体が冷えていく感覚に、俺は思わず両手で机をバンッと叩いていた。
「……少し、出てくる」
行き場のないこの感情を、どうにかしたかった。
「弓近……」
背中に掛けられる琴音の声に、だが俺は答えなかった。
人気のない校舎裏まで来て、俺は壁を思い切り足裏で蹴り付けた。
何度も、何度も。
何でもいいから、どこかに思い切り感情をぶつけたかった。
全て吐き出してどうにかしないと、琴音を傷付けてしまいそうだった。
「っざけんな……っ!!!」
悔しさと、怒りと、悲しさと。
その他、色々な感情がごちゃ混ぜになって。
「何なんだよ、クソッ……」
俺は暫く、その場で一人泣いていた。