それは、十一月も半ば過ぎ。
「弓近。ちょっと困った事になったぞ」
 生徒会室で執務をしていた俺に、琴音が眉を寄せて難しい顔をしながらそう言ってきた。
「困った事って?」
「時期生徒会メンバーが決まらない」
 その琴音の言葉に、俺はデジャブを感じる。
 いや、デジャブなんてモンじゃない。
「……丁度半年前も同じ話しなかったか?」
「したな」
 あっさりと肯定する琴音の言葉に、俺は溜息を吐いた。

 現在の生徒会メンバーは、俺と琴音、太陽、満月ちゃん、星の五人だ。
 まだ二年生の三人は、そのまま続投でも構わないだろう。
 流石に俺達はもう卒業だから、前回のように引き続き、という訳にはいかない。

「……決まらないって?」
「会長の打診したヤツ全員に断られるんだ。できれば、あの三人には今の役職を続けてもらいたいと思っているからな。適材適所と言うだろう」
「あぁ、まぁな。それで、断られるって何でだ?」
「……もう既に時期生徒会会長と噂のある奴がいるのに、自分には務まりません、とか言ってたな」
「あぁ……そういえば二年にいるな……」
 そこで俺は首を傾げる。
「あれ?だったらそいつに打診すればいいだろ。それとももう断られたのか?」
 だが。
「いや。彼に打診するつもりはない」
「どうしてだ?誰も文句を言わないだろう」
「まず一つ。時期生徒会会長候補とされている――久我道行という人物だが、彼には私設ファンクラブがいるんだ」
「……琴音並みの人気、ってか?」

 しかし、一介の高校生に私設ファンクラブ……。
 噂には聞いた事があるが、品行方正、成績優秀、常に笑みを湛えたそのルックスは極上。
 連れて歩くには理想の彼氏……連れて歩けない彼氏なんているのか?
 とまぁそれは置いといて。
 そんな奴ならさぞかし女子生徒からの絶大な人気があってもおかしくないんだろうが……。

「一応、彼には彼女がいるんだが……それでも彼を諦めない者は後を絶たないらしい」
「……その辺も琴音に近いな」
 なんせ琴音のあの宣言にもめげずに告白してくる輩は後を立たなかったりするしな。
「その彼が生徒会に入ったとして……お前、満月がどういう立場になるか分かるか?」
「満月ちゃん?問題ないだろ。だって彼女は星が……」
「その事を他の生徒は知らない」
「まぁ……そうか。もしかして、嫌がらせを受ける可能性、か?」
「そうだ。お前にだって多少の経験はあるだろう。なんといっても、幼馴染として常に私の一番身近にいて、信頼されているんだからな」

 言われてみればそうだ。
 俺にだって、多少なりとも琴音の事で因縁をつけられた経験はある。
 それでも俺は男だし、別段平気だ。
 だが、女の嫌がらせは陰湿だったりするからな。
 琴音はそれをイジメという形で経験した事があるからこそ、危惧しているのだろう。
 満月ちゃんは結構、精神面脆そうなイメージだし。

「彼女、という立場なら嫉妬の対象になりやすいし、その場合は彼が守るだろう。だが同じ生徒会役員というだけの関係ならどうだ?」
「……筋違いの嫉妬を受けた場合、誰も守ってはくれない、か」
「それに、生徒会役員の中で唯一の女子生徒、というのも可哀相だからな。少なくとも一人は女子生徒にしたい。そうすると被害者が増える可能性がある」
「もしくは、横恋慕、か?」

 ……人気がありすぎるのも困りモンだな。
 周りの関係ない人間まで巻き込む時があるし。

「……私が彼を選ばない理由はもう一つある」
「もう一つ?何か問題でも?」
「……これは、私の直感とでも言うべきか……あまり全校生徒を任せたい、という気にならない」
「何だそれ」
「彼には欠点がないんだ」
「欠点?」
 欠点がないのはいい事じゃないのか?
 俺がそう思っていると、琴音は難しい顔をした。
「いや、欠点と言うより……隙がない、というべきか?」
「どういう意味だ?」
「……似ているんだよ。何か裏があって近付いてくる人間の笑顔に」
 琴音の言葉に、俺も難しい顔になる。

 俗に言う営業スマイルみたいなものだろうか。
 仮面の笑顔。
 ……そうだよな。琴音は昔からパーティーなんかでそういう裏のある笑みを見てきたはずだからな。

「……まぁ、琴音がそう思うなら止めた方がいいかもな。それにそいつの性格云々は置いといて、実際問題、嫌がらせが起きる可能性は考慮した方がいい」
「最悪、三人の内から二人を会長・副会長にするしかないか……」
 琴音はそう言うと、残念そうに息を吐く。

 そうなんだよな。
 流石に前回みたいに俺達がもう一度生徒会やるって訳にもいかないし。
 ちゃんとした信頼の置ける人物を据えないと、全校生徒が迷惑するしな。