三月。
 俺達は卒業の日を迎えた。
 初等部から計12年通ったこの月羽矢学園での生活も、終わりを告げる事になる。
「……もうここに通う事はなくなるんだな」
 しみじみと俺がそう言うと、琴音はフッと笑って言う。
「今度は経営者としてここに通えるようになればいい」
「……そうだな」
 まぁそうなるのはまだまだ先だとは思うが。
「だが、確かに感慨深いものだな。今までは卒業してもただ校舎が変わるだけだったが……今回は違うものな」

 そう。
 初等部・中等部の時は、卒業して校舎が変わってもクラスの顔ぶれは殆ど同じだった。
 だけどこの先は。
 周りには全く知らない人間ばかりになるのだ。
 初めてそれを経験する俺達にとって、それは未知数で。
 親しい友達と離れ離れに生活する事になるのは、なんだか名残惜しい。

「……ま、会いたくなったらいつでも会えるよな。今生の別れってワケじゃないんだし」
「少し寂しい気はするが、それぞれが自分だけの人生を歩む、門出の日だしな」
「じゃあ行くか」
 そうして俺達は、自分達のクラスへと向かう。


 教室では、もう既に泣き出している生徒なんかもいて。
 あぁ、もうこいつらともお別れなんだな、と思う。
 今までの卒業式では、こんな光景は見た事がなかったから。
 初等部の時も中等部の時も、来年も同じクラスになれるといいねー、みたいな和やかな雰囲気しかなかった。
 きっと皆、離れ離れになる事に不安を感じているのかもしれない。
 新しい未知の生活が始まる事に。

 そんな雰囲気の中で始まった卒業式は、やはりあちこちから嗚咽が聞こえてきていた。
 校歌斉唱や卒業証書授与式、理事長や来賓の祝辞を終え、在校生による送辞は現生徒会会長の太陽だった。
 ……無理して送辞を標準語で読み上げてる感はあったが。
 それに対する卒業生答辞は当然琴音で。
 その時が一番、感極まって泣いてしまった生徒が多かったように思う。
 そうして卒業の歌の合唱は、もう殆ど歌になってなかった。

 教室に戻って、最後のHR。
 担任からの卒業祝いの言葉を聞いて。
 俺達の高校生活は幕を閉じた。


 その後が大変だった。
 何故なら。
「月羽矢さん、俺と付き合って下さいっ!」
「もう卒業したんだから、あの宣言は無効だよなっ!?」
「大学違うけど、そんなの大した事じゃないし!」

 ……どうやら皆、同じ事を考えていたらしい。
 高校を卒業したら皆バラバラになるんだから、あの宣言は無効になる。
 そうすればもしかしたら、自分にもチャンスがあるんじゃないか、と。
 本当、ハロウィン祭の時、太陽が琴音に質問してくれて助かったよ。
 そうじゃなきゃきっと、俺もこの中の一人だ。

「月羽矢先輩〜!第二ボタン下さ〜い」
 その内、後輩達も集まってきてそんな事を言い始めて。
 ……何だか収拾が付かなくなってきてねーか?

 流石にこの大人数の中、俺は傍観するしかなくて。
 だって言える訳ねーだろ、婚約者(仮)だなんて。
 散々“幼馴染”を強調してきたんだから。

 そんな風に思っていると、俺も声を掛けられた。
「あの、弦矢君。第二ボタン、もらえませんか……?」
「は……俺?」
 学ランならともかく、ボタンが二つしかないブレザーで第二ボタンもなにもないと思うんだが。
 ……じゃなくて。
「……えぇっ!?」
 え、何。俺、今、告白されてんの!?
「月羽矢さんとは幼馴染なんだよね?だったら……」
「ちょ、いや、あの、それは……!」

 どうする俺。どうすればいいんだ俺!?

 全く予想もしていなかった突然の事態にパニックになっていると、後ろからグイッと腕を引っ張られた。
「っ!?」
 見ると、腕を引っ張ったのは琴音で。
「何してるんだ、お前は」
「え、あ、琴音?」
 その表情はどこか不機嫌そうで。

 次の瞬間。
 琴音は周りにきちんと聞こえるような声で、あっさりと爆弾発言した。

「皆には悪いが、私にはもう弓近という親の決めた婚約者がいるんだ。そうだろう、弓近?」

 なんともまぁ琴音らしいというか。
 最後までその言動で周りを振り回すんだな、お前は。
 そうして主にとばっちりを受けるのは俺なんだよな……。
 そう思って俺は半ばヤケクソ気味に言う。

「あぁもう、そうだよ琴音は俺のだ!だから手ぇ出すなお前らっ!」

 その場にいた全員が衝撃の事実に驚いて一瞬固まった隙に、琴音が俺の手を引っ張る。
「行くぞ、弓近!」
「おうっ」
 そうして我に返った奴らが騒然としているのを後にして、俺達はまんまとその場から逃げおおせた。