琴音は時々、周りに誤解を与えるような発言をする。
 しかも俺限定で。

「なぁ、弓近。今日、お前の家に行ってもいいか?」

 ……なぁ、琴音。
 何でお前はわざわざ、クラスの奴らがいる前で堂々とそういう事を言うんだ……?

 琴音の“家に行ってもいいか”発言と同時に、俺に突き刺さる冷たい視線の数々。
 あぁもう……絶対に誤解されてるよ……。
「……琴音。せめてレトとニーニャに逢いたいと、そう言ってくれ……」
 脱力しながら俺がそう言うと、冷たい視線は幾分か和らぎ、今度は興味本位の視線が向けられる。
「レトもニーニャもお前が来ると喜ぶからな」
「そうか。楽しみだな」

 そう話していると、勇気があるのかただ周りから押し付けられただけなのか、クラスメイトが一人、聞いてきた。
「あの、さ。レトとニーニャって……?」
「弓近の家の犬と猫だ」
 琴音がそう答えると、周りからは“なんだ、そうなのか”といった雰囲気が漂ってくる。
「何かネーミングセンスに違いが……」
「それはそうだろう。ニーニャというのは私が名付けた」
「レトは俺。ゴールデンレトリーバーだから、レト」
「単純だろう?全く……」
 悪かったな。ネーミングセンスなくて。

 そもそも、俺の家で飼ってたのはレト一匹だった。
 それがある時、琴音と俺の二人で子猫を拾ってしまい。
 琴音は自分で飼いたいと言ったのだが、琴音の母親は動物アレルギーだった為、俺の家で引き取ったのだ。
 とはいえ、琴音は猫に名前を付け、毎日のようにウチに来て世話をしていたし、それがきっかけでレトとも仲良くなったのだ。
 今は毎日のように、とはいかなくなったが、それでも琴音は生徒会がない日などはウチに寄る事にしているらしい。


 そうして放課後。
「レト!ニーニャ!」
 玄関のドアを開けるなり、琴音がそう言ってしゃがみ、両手を広げると、二匹は嬉しそうに飛び付いた。
「ははっ、元気だったか〜?」
 二匹を抱きとめた琴音は嬉しそうにその背を撫でてやり、されるがままになっている。
「くすぐったいって!コラ、やーめー」
 甘えるような二匹に顔中を舐められ、それでも楽しそうだ。

 くそぅ、羨ましい。

 ……じゃなくて。
 レトとニーニャめ。相変わらず琴音には懐くんだな。

 実はこの二匹。いつも俺が帰ってきた時は、見向きもしやがらねぇんだ。
 ニーニャは猫だから仕方ないとしても、レトは昔から俺と琴音の関係を主従関係だと思ってやがる節がある。
 確かに琴音の言う事は何でも聞いてたけどな。
 レトの中では、群れの頂点に立っているのが琴音のような気がしてならない。

 てか。
「琴音。俺、中に入れねぇんだけど……?」
 玄関のど真ん中塞がれて、俺は未だにドアの外で突っ立ってる状態。
 お願いだ。早く気付いてくれ……。
「あ、悪い」


 で、結局。
 琴音はレトとニーニャと存分に遊んで。
 二匹に別れを惜しまれながら、自分の家に帰って行った。
 この間、家には俺と琴音とレトとニーニャだけで。
 ある意味、好きな子と二人っきりと言える状況だったにも拘らず、俺は一人寂しく、楽しそうにじゃれている琴音達を見ている事しか出来なくて。

 何か俺、滅茶苦茶可哀相じゃないか?
 ……何か泣きそうになってきた。