それからというもの、遊菜は、何となく葵を意識してしまうようになった。
さり気ない仕草だとか、ふと見せる表情だとか。
自分でもどうしてしまったのか分からない。
そんなある日。
客が途切れて、店内に二人きりになった時だった。
突然、葵が遊菜の髪に触れてきたのは。
「何っで……髪、触って……」
「触り心地良さそうだったから」
そう言って葵は手を伸ばし、遊菜の髪を指先に絡ませる。
「……遊菜の髪、触り心地良いな……長いし、染めてないし……こういう髪、俺結構好き」
葵は遊菜の髪を取ると、自らの口元に持っていき、口付ける。
「っ!」
どうしよう、物凄く恥ずかしい。
お願い、髪、触らないで。
本当、どうにかなっちゃいそう。
ドキドキが。
止まらない。
「あ……の、先輩……離…して……」
切れ切れにそう言うと、あっさりと髪を手放される。
「……残念」
そう言って葵はクスリと笑って。
「甲斐、顔」
「え?」
「真っ赤」
言われた遊菜は、顔を更に真っ赤にさせる。
「……余計赤くなった」
葵はニヤニヤしながら、意地悪そうにそう言って。
明らかに楽しんでいる。
「……っ!」
絶対からかってるっ!
おもしろがってるっ!
反則だ。こんなの。
「〜っ商品補充してきますっ!」
その場にいられなくなって、遊菜は逃げるようにレジカウンターから出た。
先輩ってばズルイ。
それより何より、先輩って本当はあんな性格だったの!?
何だか物凄く意外だ。
成績優秀で絵も上手くて(それも意外ではあるのだけれど)本当に真面目って感じなのに。
それが、人をからかって面白がるような、意地悪な性格だったなんて!
二重人格?
あのいつもの不機嫌そうな仏頂面は、それを隠す為!?
こんなの詐欺だ、詐欺。
……でも。
先輩がクスリと笑ったあの時。
心臓を打ち抜かれたかのような衝撃があった。
何だったんだろう、アレ。
凄く胸が苦しくなった。
チラッとレジにいる先輩を見ると、途端に目が合って。
思わず顔を逸らしてしまう。
何だか最近、先輩の新しい一面を知る事が多い。
というより。
今まで私が知らなさ過ぎただけなんだろうか?
そう思うと、何故だか自然に溜息が出た。