もうすぐ学期末試験。なのでバイトの日数を減らして。
 久しぶりに葵と二人きりになった遊菜は、早速話し掛けられた。
「甲斐。最近バイト減らしてるけど……何かあったのか?」
 何となく聞かれると思っていた。
「学期末試験が近くて……」
「あぁ、もうそんな時期か……」
 ふと、葵は何かを思案するように考え込む。

「なぁ、甲斐」
「はい」
「勉強見てやろうか?」
「…………はい?」
 葵の言い出す事は、いつも本当に突然で。
 毎度の事ながら、遊菜は驚かされてしまう。
「美大に進んだっていっても、俺が成績良かったのは甲斐も知ってるだろ?」
「ええ、まぁ……」
「家庭教師。短期でやってやるよ。お前成績あんまり良くないだろ」
 意地悪く言われてムッと来るが、実際当たっているだけに言い返せない。
 何故知っているのだろうか?
「図星、だな」

「……何でそこまでしてくれるんですか?」
 素直に厚意に甘えるには、その動機が分からなかった。
「甲斐がいないと困るから」
「え……」
 突然真剣な顔で言われ、不覚にもドキッとしてしまう。

 それって、もしかして……。

 葵から、次の言葉が発せられる。
「成績悪くてバイト辞められでもしたら、人手不足で困る」
「……」

 何だ、そういう意味か。
 ていうか不覚にも一瞬ときめいちゃった私が馬鹿みたいだ。
 何だか無性に泣きたい気がして。
 そんな気持ちを紛らわせるように、こっそりと溜息を吐く。

「で、甲斐。どうする?」
 遊菜の気持ちを知ってか知らずか、葵は笑い掛ける。

 ……あぁ、先輩の笑顔っていいな。
 バイト中とか、お客さん相手にも笑顔だといいんだけど。
 てか接客の基本中の基本なんだけどなぁ。
 だって時々怒ってるように見えなくもないし。小さい子供なんかたまに本気で怖がってるし。

「甲斐、人の話聞いてる?」
「あ、はい。……えっと、じゃあ、お願い、出来ますか……?」
 そう言うと、葵は冗談めかして言う。
「俺の授業は厳しいぞ?」
「お手柔らかにお願いシマス……」
「じゃあ番号とアドレス、教えて。それだとバイトの空き以外でも勉強見れるし、便利だろ?」
「お願いします」

 殆ど友達としか交換しないアドレス。先輩と交換なんて想像もしなかった。


 次の日から、バイト以外でも葵に会う機会が増えた。といっても、殆どが図書館での勉強、という形でだが。

「この設問は、こっちの公式を使えばいいから」
「あ、そっか」
「じゃ、こっちの応用問題、やってみて。要領はさっきと同じ」
「はい」

 遊菜が問題を解いてる間、葵はよく彼女の髪に触れる。
 指を絡ませて、梳くようにして。
 それだけで遊菜の鼓動は早くなる。
(てか、髪触んないで!集中できない〜っ!)
 そうは思うが、遊菜はなかなか文句を言い出せない。
 だが、確実に顔は真っ赤で。
 葵は、そんな遊菜の顔を時々じっと覗き込んでは、笑みを漏らす。

 絶対この人楽しんでる……。

「……何ですか?」
 耐え切れなくなって、思い切って聞いてみる。
「いや……可愛いな、って思って」
 何でこの人はこうも恥ずかしい台詞を堂々と言ってのけるんでしょうか?
「……髪、触られるの嫌だった?」
 不意に葵は真剣な顔でそう言って。何故だか遊菜は、嫌とは言えなかった。


 髪に触れられる事を除けば、勉強を見てもらえたのは凄く助かった。
 分かり易いし、丁寧だし。
 これなら何とか赤点を取らずに済むだろう。
 何しろ赤点を一つでも取ったら、即バイト禁止だし。