次の日から暫くは、礼義が部活中の智に逢いに行くのに、大した邪魔は入らなかった。


 しかし、一週間程過ぎたある日。
「ゲッ」
 いつものように弓道場を訪れた礼義の前に立ち塞がった――というよりは、入り口でばったりと出会ったのは、智の弟の忠に他ならなかった。

「……アンタ、完全に部外者だよな?どう見たって他校の制服だし」
 考えてみれば、制服姿で忠に会うのは初めてで。
「道理で校内で全く見かけなかった訳だ……つーワケで帰れ」
 智の彼氏なのだから、当然同じ高校だと忠は思っていたらしい。
「……お前は?」
「俺は入部希望者。だから部外者じゃねーよ」
 勝ち誇ったようにそう言う忠に、礼義はげんなりとする。

 入部希望者という事は。
 これから先、ずっと邪魔が入る、という事だ。
 それを思うと憂鬱な気分になる。

 だが、礼義は取り敢えず気を取り直して道場内に入っていく。
「ちわーっす」
「あ、おい!」
「入部希望者一名来ましたよー?」
 忠を軽く無視しつつ、中に向かってそう言うと、顧問の直樹が寄ってきた。
「入部希望者?」
 忠は礼義に何か言いたそうにするが、直樹にそう問われ、取り敢えず頷く。
「俺は弓道部顧問の早坂直樹だ。名前は?」
「南里忠です」
「南里……?」
「智ちゃんの弟ですよ」
 首を傾げる直樹に礼義がそう説明すると、忠は礼義をキッと睨み付ける。
 それを見て、直樹が苦笑した。
「随分と嫌われてるみたいだな」
 その言葉に礼義は、やれやれと言わんばかりに口を開く。
「俺が嫌われてるんじゃなくて、“智ちゃんに近付く男”が嫌いなんですよ」

 何といっても仁と忠の兄弟は重度のシスコン。
 彼らにしてみれば、礼義は敵以外の何者でもないだろう。

「成程……苦労してるみたいだな」
 しみじみとそう言う直樹に礼義は、先生にも似たような苦労があるのかな、と思い苦笑した。


 そうして直樹は表情を引き締めると、礼義と忠に指示を出す。
「一年は纏めて入部説明するから向こうな。伏見はいつも通り頼む」
 直樹がそう言うと、忠は信じられないという表情で抗議する。

「先生!こいつは他校の部外者ですよ?何で……」
「あ?……ボランティアの雑用係?」
 直樹のその言葉に、忠は眉を寄せる。
「それっておかしいんじゃないですか?部員でもない、まして他校生を簡単に出入りさせるなんて!」
「……確かにな。だけどコイツには弓具は一切触らせていない。やってるのはせいぜい記録係と、休憩時の茶の用意ぐらいだ」
 記録係といっても、誰が何本目に中ったかというのをノートに書くだけだ。
「ウチの部にはマネージャーなんていないから、こいつがやってくれるだけで部員は射に打ち込める」

 そう。
 礼義がこうして智に逢いに弓道場に通い詰めるようになる前までは、記録は各自でノートに書き込む、という感じだったし。
 お茶の用意――といっても、水飲み場に行ってやかんに水を汲み、そこに麦茶のティーバックを入れるだけ――だって、お茶がなくなったら、その時に射に 立っていない者が用意する、程度の事だ。