そうして部活中は特に何事も無く――勿論、部活後は別だが――五月になって最初の大会が行われた。
会場に着いた所で、智は周りを見渡して感慨深く言う。
「……何だか懐かしいね」
その言葉に礼義も周りを見渡して、ある事に思い至った。
「……そっか。一年前のこの大会の時に、俺が智ちゃんに一目惚れして告白したんだっけ」
そう。
一年前、友人に連れられて来た弓道の大会。
堅苦しい雰囲気に辟易して帰ろうと思った矢先。
凛とした佇まいで弓を引く智のその姿に一目惚れをした。
あれがなければ、今ここにこうして再び訪れている事もなかっただろう。
「あれからもう、一年経つんだ」
「本当……あの時はビックリしたなぁ。あんな人前で告白されるなんて思ってなかったから」
「ごめんね。でもあの時は俺も必死だったんだよ?」
そうして二人は顔を見合わせてフフッと笑う。
「でも、これからもっともっと長い時間を、一緒に過ごしていけたらいいね」
「うん」
と、二人がラブラブな雰囲気を発していると、そこに邪魔が入った。
「智から離れろ!というか、何でお前がいるんだ!?」
その声に二人が振り向くと、そこにいたのはあろう事か、兄の仁だった。
「お兄ちゃんこそ、何でココに?」
試合の日程を教えてもいないし、まさか来るとは思っていなかった智は、驚いてそう聞く。
「忠に聞いたに決まってるだろう。折角智が試合に出るのに、見ない訳にはいかないしな。それにしても、袴姿、よく似合ってるぞ」
仁はそう言いながら礼義を押し退けると、智に満面の笑みを向けた。
「あ、ありがとう……」
だが、チラチラと礼義の事を気にする智を見て、仁は眉を寄せると礼義を鋭く睨み付けた。
「何だお前、まだいたのか。部外者は帰れよ」
その言葉にムッとし、礼義が言い返そうとしたその時。
「兄貴。そいつは部外者じゃないよ」
そう助け舟を出したのは、何と忠だった。
「忠……?どういう事だ」
「……そいつ、弓道部の雑用係なんだよ。だから関係者」
忠のその説明に、仁は明らかに不機嫌そうな顔をする。
「おい、そんな話聞いてないぞ」
「話した所で、どうこう出来る問題じゃないじゃん」
忠がそう言うと、仁は忌々しそうに舌打ちした。
そうして礼義に詰め寄ると、鋭く睨み付けながら低い声で言う。
「いいか?必要以上に智に近付くな。もしそれでも近付くなら、こっちにも考えがある」
明らかに脅しを含んだ言い方に、礼義は多少怯みながらもグッと堪える。
「兄貴、そろそろ俺達集合だから」
と、タイミング良く忠が声を掛けてきて、仁は智に向き直った。
その表情は先程までと違い、満面の笑みだ。
「智、頑張れよ。応援してるからな」
そう言って仁は観覧席の方へ去って行った。
仁を見送った後、その場を去ろうとする忠に、礼義は声を掛ける。
「忠。ありがとな」
「勘違いするな!智の為だからな。お前の為じゃない」
そう言って礼義を睨み付けると、憮然とした表情でそっぽを向いた。
「お前、今私服だから兄貴にバレなかったけど、もし月羽矢生じゃないってバレたらまたややこしくなるし」
それは恐らく、忠が弓道部に入部した時の騒動の事を言っているのだろう。
確かに仁なら、学校の方にまで訴えるかもしれない。
そうすると立場的に、顧問の直樹が一番迷惑を被るだろう。
「俺達のいざこざに、関係のない人間まで巻き込む訳にはいかないだろ」
もっともらしくそう言った忠だが、その頬は薄っすらと染まって見えた。
礼義の為ではないと言いながらも、味方してくれたというのは明らかで。
「ありがとう、忠」
今度は智がそう言うと、忠は嬉しそうな顔をした。
「で、でも俺はそいつとの仲を認めた訳じゃないからなっ」
そう言って忠は、慌てたようにその場を去って行った。
「全く……素直じゃないんだから」
「まぁ、アイツもそれなりに心の葛藤はあるんじゃない?」
「そうだね……でも、段々いい方向に変わってるかも」
そう言って二人は、顔を見合わせてフフッと笑った。