大会の時の一件以降、忠が時々礼義の事を黙認するようになって。
 暫くは、二人の交際は安泰かに見えたのだが。

 それを大きく揺るがすような事件が起こった。


 それは智が仁に誘われ、忠と三人で映画を見に行った時の事だった。
「智、学生証持ってきてるか?チケット買うから用意しとけよ」
「あ、うん」
「じゃあ俺、先に飲み物とか買ってくるから」
「おう、頼んだぞ」

 忠が三人分の飲み物を買いに行ったのを見送って、智は鞄から生徒手帳を取り出す。
 提示すれば学割で映画が見れられるからだ。
「あ、あった」
 そうして鞄から取り出した丁度その時。
「きゃ……!?」
 足元に急な衝撃があり、智は生徒手帳を取り落としてしまった。

 見ると、ぶつかってきたのは小さな子供で。
 その子は尻餅をついて、ビックリしたような顔で智を見上げていた。
 智はその子に目線を合わせるようにしゃがみ込むと、手を貸してきちんと立たせ、服についた汚れを軽く払ってやる。
「……大丈夫?危ないからもう走っちゃダメだよ?」
 優しく智がそう言うと、その子はぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい」
 そう言って手を振りながらその場を去って行くその子に、智は手を振り返してやった。


 そうして智が立ち上がると、一連の流れを見ていた仁が声を掛けてくる。
「智、大丈夫か?」
「うん、そんなに強くぶつかられた訳でもないし」
 あの子、可愛かったなぁ……とか思いながら、智はふとある事に気付いた。
「あれ?生徒手帳……」
 ぶつかってきた子に気を取られて、生徒手帳の事を忘れていた智は、思い出して、どこに落ちただろうと辺りを見回す。
「これか?」
「あ、うん」
 先に生徒手帳を見つけた仁が、それを拾う。
 と、何かがひらりと舞い落ちた。
「ん?何か落ちたな……」
「え」
 その落ちた“何か”に、一瞬で思い至った智は青ざめた。

 忘れてた。
 挟んだ事すら。

「プリクラか?わざわざ学生証に挟んでるなんて、よっぽど特別なのか?」
 仁は笑ってそう言うが、智は全く笑えない。

 それは、特別過ぎるくらい、特別な一枚なのだから。

「見ちゃダメーーーっ!」
 だが智の制止の声虚しく、仁はそれを見てしまった。
 次の瞬間、今までのご機嫌な様子とは打って変わり、仁は無表情になる。

「……智?コレは一体、どういう事なんだ……?」

 そう言った仁のその声は低く、冷たく、震えていた。
 どうやら怒鳴らないように、いくらか怒りを抑えているようだ。
 だがそれは、怒鳴られるよりも怖いものがある。

 仁が見たのは他でもない、始業式の日に礼義と撮ったプリクラで。
 勿論、例のキスプリだ。
 唇ではなく、頬にしているのがまだ救いかもしれないが……仁にとってはどちらでも同じ事だろう。