「まだ、終わってない……っ」
 それでも、礼義の目は決して諦めていなかった。
「……これで終わらせてやるよ」

 智達が固唾を呑んで見守る中、最後の一本が始まる。
 道場内には竹刀のぶつかり合う音だけが響いて。
 打ち合いが続く中、一瞬、二人が少し離れた。

 その時。
 礼義の足元が僅かにふらついた隙を、仁は見逃さなかった。

「ヤァーーーッ!」

 誰もが、仁の一撃が決まると思った。
 しかしその瞬間、礼義の体が大きく左に傾いた。
「!?」

 どうやら礼義は、ふらついた時に足がもつれて、自分の袴の裾を踏んでしまったようで。
 転びはしなかったが、そのお蔭で仁の攻撃を避ける形になった。
 そうして仁は空振りのせいで勢いが付き、少し前のめりの状態になって。

「礼君っ!」

 智の声に礼義と仁はハッとし、お互い相手を振り返る。
 そして。

「面っ!」

 一瞬早く、礼義の竹刀が仁の面を打った。


 暫く、静寂がその場を支配する。
 いち早くその静寂を破ったのは朱夏だ。
 その顔には不敵な笑みが浮かんでいる。
「審判、判定!」
 その声に忠はハッとしたように我に返ると、判定を下す。
「っ面あり!」
 それは、礼義の勝ちを意味していた。


 その言葉が浸透するにつれ、智も礼義も、喜びが沸き上がってくる。
「ぃ……やったーーーっ!智ちゃん、勝ったよ、勝った!」
「うん、勝ったよ、礼君!ありがとう。本当……よかったぁ……っ」
 手を取り合って喜び合う二人に、試合の流れを固唾を呑んで見守っていた朱夏と璃琉羽も満面の笑みを浮べる。
「礼君が勝ったよ、朱夏ちゃんっ」
「ええ。運も実力の内って感じよね」


 だが。
 喜んでいる礼義と智の間に突然竹刀が振り下ろされ、それは丁度二人の顔の前でピタリと止まった。
「離れろ」
 それは他でもない仁で、その表情は怒りに満ちていた。

「お兄ちゃん!もう勝負は付いたでしょ?」
 そう抗議する智に、だが仁の口から出た言葉は。

「今のは無効だ」

「な!?」
 あまりにも横暴な内容だった。
「どうして?今のはどう見ても……」
「そうだよな、忠」
 仁は智の言葉を無視して、実際に審判をしていた忠に話を振る。
 しかし。

「兄貴……今のは有効だよ」

 忠のその発言に、その場にいた全員が驚いた。
 てっきり、仁の味方をすると思っていたのに。