周りの驚きに構わず、忠は口を開く。

「兄貴の出した条件は、伏見が兄貴の体のどこでもいいから、とにかく竹刀を当てる事。これが通常の試合なら、判断は微妙な所だけど……」

 その言葉に乗ったのは朱夏だ。
「そうよ。礼君はちゃんと竹刀を当てたじゃない。体のどこでもいいって条件を出したのはお兄さんの方なんでしょ?しかも礼君は、どこでもよかったのに ちゃんと面に当てたのよ」
 それに続いて、璃琉羽も口を出す。
「自分の言った事にはちゃんと責任を持たないと。兄弟の中で、一番手本を見せなくちゃいけない立場なんじゃないですか?」

「うるさいっ!部外者は黙ってろ!それに俺が言ってるのは有効打の判定についてじゃない」

 頭ごなしにそう怒鳴り付けられ、朱夏は明らかに不満そうに、璃琉羽は呆れた様子で、それでも一応、口を噤む。
 反論があるなら、と聞く体制だ。

 そうして仁は忠をキッと睨み付ける。
「それ以前にあの時は、審判のお前が一時試合を中断しなきゃならない場面だったろうが!」

 剣道の試合では、選手が転倒した場合、審判が試合を中断する事がある。
 仁はその事を言っているのだろう。

「……兄貴。かろうじて二人共転倒してないから、無理だよ」
 忠がそう言うと、仁は別の事で反論する。
「っ……じゃあその前にコイツが転びそうになったのは、自分の袴を踏んだからだろ?着衣の乱れは反則行為だ」
「目に見えて着衣の乱れはなかったよ。それに素人の場合、足運びが原因で転倒なんて、時々ある事だろ?」

 そう、踏み込み時に足を上げ過ぎる、などの理由で転倒する者がいる事も確かだ。足がもつれた時に踏む事があっても、おかしくない。
 その事に、仁は悔しそうに顔を歪める。

 誰かが反論の声を上げる前に、忠が全て正論で言い包めてしまうという事態に、他の面々はただ黙って兄弟二人のやりとりを見ているしかなかった。


 そんな中、仁が物凄い形相で礼義を睨み付けながら言う。
「くっ……俺は認めないからな!?あんなマグレ……」
 自分から出した条件なのに、どうあっても負けを認めようとしない仁に、智達が口を開くよりも早く、忠が怒鳴り付けた。

「いい加減にしろよ兄貴!今のは誰がどう見たって伏見の勝ちだ!」

 そうして忠は、懇願するように言う。
「……なぁ兄貴。アイツ、いい奴だよ?智の事、スゲー大事に想って、大切にしてる。それだけじゃない。今、智の周りにいるのはいい奴ばっかだ」
「……だから何だ」
「……俺達がこれ以上傍で守っても、智の邪魔にしかならないと思う」
「っ!」
「兄貴だって、智にはいつも笑顔でいて欲しいって思うだろ?だけど、これ以上俺達が伏見との仲を反対したら、智は逆に悲しむと思う」
「……っだが」
「兄貴だって、本当はもう分かってるだろ?」
「――っ!……勝手にしろ!」
 仁はそう怒鳴ると、剣道場を出て行ってしまった。


 それをただ見ているだけしかできなかった智は、表情を沈ませる。
「お兄ちゃん……」
 そんな智の肩に礼義はそっと触れる。
「……今は、そっとしておいた方がいいと思う」
「うん……そうだね」