今日は入学式と始業式だけなので、学校は午前中で終わりだ。
他愛もない会話をしながらの帰り支度、という雰囲気の教室に、明るい声が飛び込んできた。
「智〜っ!一緒に帰ろうぜ!」
「……来た……」
その声は紛れもない忠の声で。
何となく来る予感がしていた智は、げんなりする。
「……忠。学校なんだから“お姉ちゃん”って呼びなさい」
少しキツめに智がそう言うと、朱夏が興味深そうに忠に声を掛けた。
「へぇ、君が弟君か。私、智の親友の絹川朱夏。よろしく」
「はぁ、どうも」
明るく言う朱夏に対し、忠は気の抜けた返事だ。
成程。
智以外に興味はないらしい。
やれやれとそう思いながら、朱夏は口を開く。
「……残念だけど。今日は先に帰ってくれるかな?」
流石にその言葉に忠は反応し、あからさまに不満そうにムッとする。
「……何でですか?」
「今日は女の子だけでショッピング。それに……」
朱夏はそこで一旦言葉を切ると、忠の目を見据えて言う。
「まだ寮の部屋、片付いてないんでしょ、弟君?」
そうして愁に視線を向ける。
それだけで朱夏の言いたい事を汲み取った愁は、溜息を吐きながら言う。
「ま、部屋の片付けが終わるまで、外出禁止だな」
すると忠は、愁を睨み付ける。
「アンタ誰?何勝手な事言ってんだよ。俺、アンタに指図される覚えないんだけど?」
「月羽矢学園男子寮寮長、白山愁だ。まだ覚えてないかもしれないけどな」
憮然とした表情で愁がそう言うと、忠はそれまでの態度を多少改めるものの反論する。
「……でも、片付け終わってないくらいで外出禁止は横暴じゃないですか?」
「お前のルームメイトから苦情が出てんだよ。荷物邪魔だし、夜中にゴソゴソやられちゃ寝られないって」
「……じゃあ夜中にやらなきゃいいんでしょう」
反省するかと思いきや、逆に開き直ったようにそう言う忠に、愁は呆れた。
「そういう問題じゃないだろ……。ま、態度を改めないのであれば、寮監の先生に報告するだけだからな」
何だか面倒臭くなって、幾分か投げやりな態度で愁がそう言うと、流石に忠も慌てたように言う。
「はぁ!?そこまでする必要ないでしょう!」
だが、なおも噛み付いてくる忠に、愁は段々とイラついた口調になる。
「……お前な、寮生活舐めてるだろ。いいか、寮は集団生活だぞ?家で家族と暮らすのとは訳が違うんだよ。だから自分本位でモノを考えるな!」
愁の言葉通り、寮での生活は実家で過ごすのとは大分異なったものだ。
寮でも学校でも、四六時中同じメンバーと時を過ごす。
言ってみれば、寮生活は学校生活の延長だ。
全く赤の他人との共同生活。
いくら仲間意識ができても、多少の気遣いは必要になってくる。
寮生活で一番大切なのは、まさにそこなのだ。
集団生活の中で誰か一人が勝手な行動をすれば、周りに迷惑が及ぶのは当たり前だ。
「……もし改善できないようであれば、お前は寮生活には向かないって事だ」
それでもまだ納得がいかないという顔で押し黙って睨み付けてくる忠に、愁はとどめとばかりに言う。
「別に俺はどっちでも構わないぜ?ただ、寮監に話が行けば、反省文プラス、そうだな……一週間ぐらいの外出禁止のオマケ付きってトコか。お前にとっても、
どっちが得かくらい分かるよな?」
すると忠はようやく、渋々といった感じで頷いた。
「分かりましたよ……今日中に終わらせれば文句ないんでしょう」