「それで、ね。礼君が彼氏で、良かったなーって……」

 彼女は頬を紅潮させ、少し俯き加減で。でも眼だけはこちらを向いていて。
 コレが俗に言う『上目使い』というやつだろう。

 ……うん。すっげーいい。
 男は女の上目使いに弱いと聞くが、アレは本当だったんだな。
 特にそれが自分の彼女だと。
 コレはもうマジでヤバイ。何でも言う事を聞いてしまいそうだ。
 取り敢えず今、無性に抱き締めたい。
 ……出来ればキスも。

「智ちゃん……」
 そう思って抱き締めようとしたのだが。
「智に何するつもりだ?」
 兄弟コンビに邪魔された。

 ……そういえばこいつらの存在忘れてた。
 折角いい雰囲気だったってのに!

「智の気持ちはどうあれ、認めた訳じゃないからな」

 いやいや。彼女の気持ちを最優先にしろよっ!

 思わずそう突っ込みたくなって、何となく彼女の気持ちが分かる気がした。
 確かにコレじゃあウンザリする。
 守ってくれているというのは分かるが、自分の気持ちまで無視されてはかえって迷惑だ。
 こういう所さえ除けば、きっと優しくていい兄弟達なんだろうが。

 そんな事を思っていると、智が口を開く。
「……ねぇ、日陰に行かない?」

 今は夏。一応多少の影はあるが、日が高くなってくるにつれ、どんどん影の部分は小さくなっていく。
 確かに気温も上がってきたみたいだし、このままでいるよりはちゃんとした日陰に移動する方がいいだろう。

「東屋があるの。自販機もあるし、何か飲も?」
 ちなみに東屋というのは、簡単に言えば屋根のあるベンチの事だ。
「どこ?」
「あっち」
 だが、彼女が指差したのは東屋とは全然違う方向だった。
 兄弟二人はそちらを見るが、その事に不思議に思った礼義は智を見る。

 すると、目が合った。
 その瞬間、反射的に礼義は智の手を取って走り出す。
 後ろで何やら慌てふためいているような声は気にしないでおく。
「智ちゃんっ、寮より俺の家行く方がいいよねっ!?」
「うんっ!」

 そう、彼女は二人の気を逸らして逃げる為に、公園の出入り口の真逆の方向を指したのだ。
 そうすれば当然東屋のある方向とはでたらめの方向を指す事になるし、当然俺もそれに気付いて疑問に思い彼女を見る。
 二人が向いている方向とは真逆に逃げる訳だから、反応が遅れてすぐには捕まらない。

 う〜ん。中々見事な作戦。
 中には引っ掛からない人もいるだろう。
 だが相手の性格を把握していれば、成功の度合いは計れるし。
 ……もしかして過去にもこういう事があったんだろうか?